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真壁 昭夫法政大学大学院教授

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今後の金融業界展望

<第19回>2017.02.15
米国の雇用関連の統計

世界中の経済統計の中で、最も重要な指標が米国の「雇用統計」です。それは、米国が世界経済の中心になっているからです。具体的には、米国の労働市場の失業率や非農業部門の雇用者数、時間当たり賃金、週間の労働時間、製造業の就業者数などが含まれています。これらの数字を見ると、米国の個人消費を支える、家計の所得などの様子が分かります。

この指標は、基本的に毎月第1金曜日にアメリカ労働省が発表します。米国政府が最も早く発表する前月のデータであるため、速報性が高いことも特徴です。雇用統計の結果は株式や債券、外国為替相場に大きな影響を与えます。米国だけにとどまらず、主要国や新興国など海外の金融市場にも通貨安などの影響を与えるほど、雇用統計の重要性は高いと言えます。

エコノミストやストラテジストなどの多くの市場参加者は、失業率などに対する予測を公表しています。この予想データをメディア会社やデータの配信企業が集計し、平均的な予想値を取りまとめています。これが一般的に市場予想と呼ばれるものです。

仮に、実際の失業率が市場予想よりいい場合、投資家は米国経済の先行きが良好だと判断するでしょう。その場合、景気への期待から株価は上昇し、ドルが買われ、金利も上昇することが想定されます。反対に指標が予想を下回ると、米国経済の先行きへの懸念は高まりやすく、金利低下、株安などが進む可能性があります。

最も重視される非農業部門の雇用者数

雇用統計に含まれる指標の中で、最も重要視されるのは「非農業部門の雇用者数」でしょう。この指標を作成するために、米国の労働省は、約16万に上る米国の企業や公的な機関を対象に、給与の支払い記録をもとに集計しています。そのため、非農業部門の雇用者数は直近の米国での雇用が増えているか、減っているかを現実に近い格好で反映する経済指標と考えられます。

なぜ、非農業部門の雇用者数が大きな注目を集めるのかというと、雇用の動向が個人の所得や消費に大きな影響を与えるからです。一般的に、雇用が堅調に増加すると賃金も増え、物価も徐々に上昇するとの見方も高まるでしょう。

非農業部門の雇用者数は、連邦準備理事会の金融政策にも大きな影響を与えます。現に、イエレンFRB議長は10万人弱の雇用改善が続けば、新しい労働力の供給を吸収できるとの考えを示しています。この考えに照らせば、雇用が増加すれば利上げの可能性も高まると言えそうです。

また、米国経済は世界最大のGDP(国内総生産)を誇り、米国の株式や債券市場は世界最大の規模を誇ります。また、多くの貿易や有価証券の投資では、米ドルで資金の授受(決済)が行われます。米国経済の動向は世界のお金の流れを左右するのです。

雇用者数が予想以上に伸び悩むのであれば、米国経済の先行き不透明感が高まるでしょう。それは、ドル安期待を高め、世界的なお金の流れにも影響が出るでしょう。ここから、米国の非農業部門の雇用者数は、世界の中で最も重要な経済指標と言えます。

失業率やそのほかの指標

市場参加者は失業率の動向にも注意しています。一般に失業率は、労働力人口に占める失業者の割合を指します。一般的に、労働力人口とは、15歳以上人口のうち、就業者と完全失業者(働く意思、能力を有しており、求職活動を行っているものの、就職の機会が得られない者)を合わせた人口を言います。

米国の失業率は16歳以上の人口を対象にして、調査によって算出されています。具体的には失業しているかどうか、もし失業している場合は就業できるかどうか、過去4週間までの間に求職活動を行ったかどうかで失業者の判定がなされます。なお、失業率が5%前後の水準に達すると、米国の労働市場が完全雇用に近づいたとの見方が多くなるようです。FRBの高官からも失業率が5%を下回る状況では、「米国の労働市場は完全雇用に近づいている」との発言が出ています。これは、非自発的失業が存在しない状態=働く能力と意欲を持ち就業を希望する人が雇用されている状態を指します。言い換えれば、労働市場の需給が引き締まり、さらなる改善は進みづらいと考えることができます。

では雇用者数が増え、失業率が低下すればよいかというと、ほかの分野にも注意を向けるべきでしょう。賃金が増えているかどうかも重要です。雇用統計に含まれる「時間当たり賃金」が賃金の動向を示しています。雇用の増加が賃金の着実な増加を伴っている場合、先行きの期待インフレ率も上昇する可能性があるでしょう。その場合FRBの利上げ姿勢が徐々に強まり、米国の金利にも上昇圧力がかかりやすくなると考えられます。このように、雇用統計は雇用者数や失業率などをもとに、各種指標を包括的に検証することが大切です。

イエレンFRB議長の「ダッシュボード」

失業率が低下し、雇用の改善が進む中、労働市場の状況をもとに景気の良し悪しを判断することに対する関心は徐々に高まってきました。金融市場では2014年頃からFRBの金融政策の正常化がいつ、どのように進み、利上げが実現するのかに関する議論が活発化してきました。

そこで、市場参加者はイエレン議長の発言などをもとに、非農業部門の雇用者数、失業率、労働参加率、広義の失業率など9の雇用関連の指標を「イエレン議長が雇用環境を評価するダッシュボード(計器類)」と考えてきました。

FRBが複数の雇用関連の指標を重視していたのは、労働市場の改善の質を重視したからです。たとえば、失業率は就業をあきらめる人が増えると低下しやすいと言われています。その場合、失業率の低下が労働需要の高まりを反映しているとは言いづらい部分があります。つまり、失業率だけを見て利上げなどを進めると、景気回復の腰を折るなどのリスクが伴います。

そして、2014年10月からFRBは労働市場情勢指数(LMCI:the Labor Market Conditions Index)を公表し始めました。この目的は、雇用の増減などだけでなく、労働市場の改善の質を把握し、包括的に米国の労働市場の動向を評価するためです。LMCIは労働参加率、パートタイムでの就業を余儀なくされている人の数、週平均の労働時間など、19の指標から構成されています。見方は前月からプラスであれば労働市場は改善していると考えられます。

LMCIの公表は、FRBが慎重に労働市場の動向を見極めようと考えていることの表れと言えます。一方で予想を上回る失業率や非農業部門の雇用者数が発表されれば、市場は急速に利上げを意識し、米金利が上昇する可能性があります。そのため、毎月第1金曜日の雇用統計は注意してみる必要があります。

Profile

真壁 昭夫
Akio Makabe

1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現:みずほ銀行)に入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社へ出向。みずほ総研主席研究員などを経て、1999年より国内有名大学の講師・教授を歴任し、現職は法政大学大学院教授。テレビ朝日「報道ステーション」、日経CNBC「NEWS ZONE」レギュラーコメンテーターなど多数のTV番組に出演する一方、ビジネス情報サイト「ダイヤモンド・オンライン」でのコラム連載、「下流にならない生き方」、「はじめての金融工学」など、著書も多数。