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真壁 昭夫法政大学大学院教授

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今後の金融業界展望

<第6回>2016.07.27
ヘリコプターマネー

2016年7月の参院選に自民党が勝利したことをきっかけに、政府の経済政策に対する期待が高まっています。中でも注目されるのが、「ヘリコプターマネー」と呼ばれる経済政策です。ヘリコプターマネーの本来の意味は、政府当局がヘリコプターから人々に向かって現金をまくということです。実際には政府が対価を求めず、単純に国民に対して現金などを給付する政策を言います。

2016年7月12日、ベン・バーナンキ前連邦準備理事会(FRB)議長が来日すると、市場では「政府はヘリコプターマネーの導入を考えているのではないか」との憶測が出始めました。バーナンキ氏はヘリコプターマネーに積極的であることで知られ、「ヘリコプター・ベン」と呼ばれるほどです。ヘリコプターマネーは、すでに財政・金融政策を総動員して、手詰まり感が高まっているわが国にとってそれなりの効果はあるでしょう。しかし、そうした政策を続けると、最終的にはハイパーインフレの懸念が高まるなどの弊害もあります。

ヘリコプターマネーとは何か

ヘリコプターマネーとは、需要の喚起などを目指し、政府が対価を求めることなく現金などを国民に給付する政策です。国民が現金などを使うことで消費が盛り上がり、景気の回復やデフレからの脱却が期待できるとの考え方です。

ヘリコプターマネーは、特に新しい理論ではありません。起源は、米国の経済学者ミルトン・フリードマンが1969年に著した論文にあります。「最適貨幣量」と題する論文の中でフリードマンは、「政府がヘリコプターを飛ばし、上空からお金をばらまいて直接国民に配るとどうなるか」と記しました。この政策の重要なポイントは、お金の量を調整すれば、需要を引き上げたり、好ましい物価水準を達成できるということです。

実際、政府がお金をばらまくためには、政府(財務省)が発行した国債を中央銀行が引き受け、引き換えに紙幣を印刷して政府に渡すことになります。そうした仕組みは、「財政ファイナンス」と呼ばれます。国債の保有者は中央銀行であり、政府と中央銀行のバランスシートを合算すると、実質的に債務は増加しないと考えられます。

わが国の政府は、すでに一種のヘリコプターマネーの政策を実施したことがあります。その1つが1999年に導入された「地域振興券」です。これは、政府が一種の商品券を国民に配り、消費を刺激しようとした取り組みです。当時を振り返ると、実際には期待されたほどの効果を上げることはできなかったとの見方が有力です。ということは、ヘリコプターマネーにも、一定の限界があることを証明していると考えられます。

歴史から学ぶ財政ファイナンスの教訓

一時的には現金を手にした人の気分が盛り上がり、消費は増えるかもしれません。しかし、お金の発行量を無制限に増やすと、いずれお金=貨幣の信用は低下するはずです。つまり、財政ファイナンスを通してヘリコプターマネーを続けると、モノの価値に対してお金の価値が低下し、最悪のケースでは高率のインフレ=ハイパーインフレなどが進み、経済は大きな混乱に陥る恐れがあります。この点を国内外の歴史に照らして考えてみましょう。

第一次世界大戦の敗戦国ドイツは、1919年のヴェルサイユ条約によって巨額の賠償金を課されました。賠償が進むにつれ財政は悪化し、支払いは滞り始めました。この事態を受け、フランスはドイツ経済の心臓部と言われたルール地方を占領、石炭などの資源を確保しようとしました。

一方、ドイツ政府は労働者にストライキを呼びかけ、賃金の支払いも保証しました。このとき、ドイツ政府は、中央銀行による国債引き受けを通して資金を調達し、賃金を支払いました。こうして財政悪化の中で中央銀行が紙幣を乱発した結果、ドイツのインフレ率は天文学的に上昇したのです。その後、世界恐慌の影響も重なり、ドイツでは社会情勢が不安定化し、ナチス・ドイツが台頭しました。

1930年代、わが国は高橋是清蔵相の指揮の下、財政支出を増やして景気を支えようとしました。具体的には、日銀が国債を引き受け、政府の資金調達を支えたのです。これによって世界恐慌後の景気低迷から日本経済は立ち直っていきました。

しかし、政府がお金をばらまいた結果、徐々に、物価上昇への懸念が高まりました。これを抑えるために、高橋是清は軍事予算の縮小などを通して、財政を引き締めようとしました。軍部の怒りを買った高橋是清は、1936年の二・二六事件で暗殺されました。わが国にとって、その事件は国の混乱を象徴するできごとでした。

いったん、財政ファイナンスが始まると、政府は打ち出の小づちを持ってしまいます。そうなると、貨幣の発行を止めることができなくなります。最終的には、ハイパーインフレなどが経済を混乱させ、社会情勢までもが不安定化する恐れがあります。

ヘリコプターマネーに対する市場の反応

金融市場の反応は、ヘリコプターマネーの教訓を冷静に考えているのでしょうか。2016年4月の時点で安倍政権の関係者が、バーナンキ氏と永久債を発行した経済政策の可能性を議論していたことが報じられ、ドル/円は104円台から105円台後半まで下落しました。それをきっかけにして、政策期待が盛り上がったこともあり、円安・株高のリスクオンの展開が進みました。

この動きを見て気になるのは、ヘリコプターマネーに対する期待が過大に膨らんでいることです。ヘリコプターマネーに限らず、わが国の新しい経済政策への期待、それを催促する動きが高まりやすいことは確かでしょう。

そうした期待が先行し、投資家の多くは市場の動きに流されて、ドル買い、株式買いのリスクテイクに走ったのが実情でしょう。そうした動きは心配です。過去の教訓が忘れ去られてしまっているのかもしれません。それは、長い目で見ると、わが国経済にとって必ずしも好ましいことではないはずです。何と言っても、ヘリコプターマネーには無視できない弊害があります。それを冷静に考えることが必要です。

今後、わが国の政府当局が、本格的なヘリコプターマネーへと入り込むことは、言ってみれば、経済全体が未知の世界に足を踏み入れることを意味します。未知のものに対応するとき、金融市場の参加者はシミュレーションなど、机上の空論に頼りがちです。

問題は、理論通りに経済、金融市場が動くとは限らないことです。それだけに、今後の政策論争を考える際、財政ファイナンスの歴史、その教訓を振り返り、ヘリコプターマネーの先にどのような影響があるかを冷静に考えなければなりません。

Profile

真壁 昭夫
Akio Makabe

1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現:みずほ銀行)に入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社へ出向。みずほ総研主席研究員などを経て、1999年より国内有名大学の講師・教授を歴任し、現職は法政大学大学院教授。テレビ朝日「報道ステーション」、日経CNBC「NEWS ZONE」レギュラーコメンテーターなど多数のTV番組に出演する一方、ビジネス情報サイト「ダイヤモンド・オンライン」でのコラム連載、「下流にならない生き方」、「はじめての金融工学」など、著書も多数。