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真壁 昭夫法政大学大学院教授

今注目のキーワードから読み解く!
今後の金融業界展望

<第17回>2017.01.11
ゴルディロックス

「ゴルディロックス」という言葉の語源は、英国の童話である『三匹のクマ(The Three Bears)』に登場する少女の名前です。ある日、少女は森の中でクマの家に入ります。そこには、大中小の3つの皿に入ったスープがありました。少女が味見すると、大きい皿のスープは熱すぎ、中くらいの皿のスープは冷たすぎる。そして、小さい皿のスープはちょうどいいので全部飲んでしまいます。この話の中ではスープ以外にも、硬すぎるベッド、柔らかすぎるベッド、ちょうどいい硬さのベッドなど、少女はあれこれ試して「ちょうどいい」状況に落ち着きます。

『三匹のクマ』のストーリーにはさまざまなバージョンがあるようですが、このスープに関する描写をもとにして、金融市場の参加者は適温経済(物価が高くも低くもなく、安定した金融政策が続き、株価、債券価格ともに上昇するような状況)を「ゴルディロックス」と呼びます。余談ですが、この話の結末は、クマが家に帰ってきて少女は驚いて逃げるというものが多いようです。中には、少女がクマに食べられるという悲劇的な結末もあるようです。

ゴルディロックス=適温経済

金融市場では、物価(インフレ)の上昇率が高すぎず低すぎず、経済全般が落ち着いている状況を「ゴルディロックス経済」と呼ぶことがあります。それは、多くの投資家が居心地良く感じる「適温経済」と言えます。言うなれば、先行きを強く懸念することなくリスクがとりやすい、投資にちょうどいい状況です。

経済や金融市場は常に合理的に動くとは限りません。企業業績が悪化している一方で、株価が上昇することなど、理屈で説明しづらいことは日常茶飯事です。それを的確に説明することは、そう簡単なことではありません。

そうした状況に直面したとき、多くのエコノミストらが「ゴルディロックス経済到来」と言い始めることが多いようです。この言葉には、分かったような気になってしまう雰囲気があるのかもしれませんが、逆に言えば、どのような経済環境がゴルディロックスに相当するか、厳密な定義はないと言えます。その分、エコノミストらが何をもって「ゴルディロックス」と言うか、その背景を客観的に把握する必要があります。

ゴルディロックス経済という呼び方が使われ始めたのは、1992年頃と言われています。米国の大手証券会社に勤務していたエコノミストがこの表現を用いたのが最初であるようです。当時、米国経済は3%前後の堅調な成長を遂げていました。一方、物価も安定的に推移していました。この背景には、情報(IT)技術の革新が企業活動などに関するコストを低下させ、徐々に消費者物価が落ち着き始めたことが影響しているのではないかと考えられます。

金融緩和とゴルディロックス

リーマンショック後も、たびたびエコノミストらは経済がゴルディロックス状態にあると指摘してきました。この背景にある最大の要因は、緩和的な金融政策がもたらす「カネ余り」ではないでしょうか。

まず、景気が悪化すると中央銀行は銀行などの金融機関の資金繰りを支えるために、政策金利を引き下げます。それでも景気が改善しない場合は量的緩和など、より積極的な緩和策が進められます。

このような金融緩和が進むにつれ、短期から長期までの金利(国債の流通利回り)は低下します。金利の低下は一定期間債券を保有することで得られる利息収入(インカム)が減ることを意味します。つまり、金利の低下が続くと、投資家は徐々に債券から得られる期待収益に満足しなくなる可能性があります。

より高い利回りを得ようとする投資家は、国債よりも社債、社債よりも株式や不動産と、徐々にリスクをとるでしょう。こうして、金融の緩和が債券市場から株式などのリスク資産への資金シフトを促します。これを「ポートフォリオリバランス効果」と呼びます。

一般的に、株式などのリスク資産の価格が上昇すると、わたしたちの心理は前向きになると言われます。これが「資産効果」です。それがさらなる株式投資の増加や一時的な高額商品の購入などにつながることが期待されます。こうして、物価の基調に大きな変化はないものの、金利の低下(債券価格の上昇)と株式市場の上昇という、一見すると居心地の良い経済、金融市場の環境が演出されると考えられます。

ゴルディロックスの先行きには注意が必要

ゴルディロックスの状況がいつまでも続くとは言えません。リーマンショック後の世界経済は、企業の海外進出や投資家の海外投資の増加などによって、各国の経済が密接につながり合っています。それだけに、ひとたびリスクが高まると、ドミノ倒しのように混乱が世界に広まる恐れがあります。

2016年の状況をもとに考えてみましょう。年初から2月上旬、中国経済への不安、原油価格急落、欧州金融機関の経営不安から世界の株価は下落しました。6月には予想外に英国のEU離脱が決定され、一時は市場が混乱しました。しかし、イングランド銀行が予想以上の金融緩和を発表したことなどを受けて、夏場には米国の株式市場が史上最高値を更新しました。米国では物価の上昇圧力も強くはなく、経済はゴルディロックスの状況にあるとエコノミストらは考えているようです。

一方、米国主要企業の業績は減益トレンドにあります。欧州では不良債権問題が解決されておらず、中国経済の減速リスクも高まっています。各国経済の基礎的条件=ファンダメンタルズは必ずしも良好とは言えません。

このように、ゴルディロックスと呼ばれる経済の中には、無視できないリスク要因が潜んでいることがあります。株価が上昇すると、わたしたちは先行きに対して楽観的になりがちです。そのとき、リスクに対する警戒が弱まることには注意が必要です。

ゴルディロックスの起源である『三匹のクマ』、このクマ(Bear)は金融市場では弱気を表します。『三匹のクマ』のお話には、戻ってきたクマが女の子を食べてしまうというバージョンもあるようです。ゴルディロックスと言われる状況が続く中、どこかに弱気相場(ベア)の発端になるリスクが潜んでいないか、注意深く世界経済の動向を考えるべきです。

Profile

真壁 昭夫
Akio Makabe

1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現:みずほ銀行)に入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社へ出向。みずほ総研主席研究員などを経て、1999年より国内有名大学の講師・教授を歴任し、現職は法政大学大学院教授。テレビ朝日「報道ステーション」、日経CNBC「NEWS ZONE」レギュラーコメンテーターなど多数のTV番組に出演する一方、ビジネス情報サイト「ダイヤモンド・オンライン」でのコラム連載、「下流にならない生き方」、「はじめての金融工学」など、著書も多数。