1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現:みずほ銀行)に入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社へ出向。みずほ総研主席研究員などを経て、1999年より国内有名大学の講師・教授を歴任し、現職は法政大学大学院教授。テレビ朝日「報道ステーション」、日経CNBC「NEWS ZONE」レギュラーコメンテーターなど多数のTV番組に出演する一方、ビジネス情報サイト「ダイヤモンド・オンライン」でのコラム連載、「下流にならない生き方」、「はじめての金融工学」など、著書も多数。
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真壁 昭夫法政大学大学院教授
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今後の金融業界展望
<第11回>2016.10.12
TPP(環太平洋パートナーシップ協定)
TPPとは、環太平洋パートナーシップ協定(TPP:Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement、またはTrans-Pacific Partnership Agreement)のことを指します。この協定者である日米を中心とする12の参加国間で自由貿易や規制に関するルールの共通化を進め、経済連携を強化することを目的としています。
TPPに関しては、わが国でも、「雇用機会が奪われる、農業などの衰退につながる」との懸念の声もあります。確かに、海外の安い農産物が国内に流入したり、有力企業がわが国に進出することには不安な面もあります。そうした懸念の声は、わが国だけではなく、ほかの参加各国でも見られる現象です。しかし、少子・高齢化が進み潜在成長率の低下が懸念されるわが国の状況を考えると、海外市場へのアクセスを確保する意味は重要です。また、TPPをわが国経済の構造改革に結びつけることができれば、わが国経済にとっては大切なきっかけになることが期待できます。
TPPとは何か
TPPは、アジアや太平洋地域の投資、貿易などの経済活動の連携と促進を目指した多国間の経済連携協定です。参加国はオーストラリア、ブルネイ・ダルサラーム、カナダ、チリ、日本、マレーシア、メキシコ、ニュージーランド、ペルー、シンガポール、米国、ベトナムの12カ国です。
経済連携協定の例として、2国間、または、複数の国の間で実質上すべての貿易の関税を撤廃し、モノやサービスの自由な貿易を目指すFTA(自由貿易協定:Free Trade Agreement)があります。FTAより一歩進んだEPA(経済連携協定:Economic Partnership Agreement)という協定もあります。EPAは、貿易以外に投資や政府間の調達などを加えた協定を指します。FTAやEPAの内容をさらに進めた協定がTPPと考えると分かりやすいでしょう。
TPPは、より包括的な連携を目指しています。関税を例に挙げれば、基本的に例外品目を設けずに100%撤廃を目指しています。しかも、TPPは、環太平洋という広い範囲の諸国が参加しますから、下のグラフが示す通り、その規模はかなり大きくなります。参加各国が議会でのTPP承認を取り付け、TPPが発効すれば、人口8億人、世界のGDP(国内総生産)の40%弱を占める経済圏が誕生します。
2016年2月、12の参加国はTPP協定に署名しました。そして、韓国、タイ、フィリピン、台湾などもTPP参加に関心を示しています。TPPはより多くの国を巻き込んだ経済連携に発展する可能性を秘めています。
TPPの対中国との関係
2015年10月には、12カ国の承認が2年以内に進まない場合、参加国のGDP合計の85%以上を占める6カ国以上が合意すればTPPが発効することが決められました。参加国のGDP合計のうち、わが国のGDPは17.7%、米国は60.4%を占め、日米の承認がTPP発効には不可欠です。
TPPには、副次的に、米国を基軸とする“経済安全保障”の強化の意味が含まれるとの見方があります。多くの環太平洋諸国がTPPに参加することによって、米国との結びつきを深めることができます。それによって、最近、海洋進出が著しい中国に対してにらみを利かせることができるからです。それに対して、中国政府の中から「TPPは対中国包囲網だ」と批判する声が出ていることも事実です。
中国は経済成長を支えるために、アジアから欧州までをつなぐ一大経済圏の整備を目指し、「シルクロード経済圏構想(一帯一路)」を掲げています。そこには、中国の覇権の強さを内外に誇示し、共産党の一党独裁体制の基盤を強化したいとの思惑もあるのでしょう。
海外への影響力の拡大を目指す中国は、南シナ海で海洋の埋め立てや軍事施設の設営が進められています。これがフィリピンやベトナムとの対立を強めています。長期的に、力の論理を押し通し、他国の主権を無視して海外に進出することは、国際法、政治倫理の観点から許されるものではないはずです。
一方、ドイツや英国など、中国の消費を目当てに関係強化を急ぐ国もあります。中国の身勝手を許すことは、米国陣営、中国陣営と2つの軸ができ上がり、世界の多極化が進むことになりかねません。その場合、各陣営の覇権争いが世界の政治・経済を不安定にさせることになるかもしれません。そのためにも、TPPによって米国を中心とした経済連携を進め、世界の秩序を維持することが重要です。
将来的に、日米両国は経済や安全保障の安定化のために、中国をTPPに取り込むことを検討すべきです。それを目指すためにも、まず12の参加国はいち早くTPPを承認し、より多くの国を巻き込むことで中国の海洋進出をけん制していくことが求められます。
TPPによるルールの統一
TPPには、“ルールの統一”という意義もあります。12の参加国の商習慣や経済構造はそれぞれに違いがあります。各国固有の、統一性のない投資・環境保護などのルールを共通化し、差異を少なくすることは効率的な資源配分を支えるでしょう。TPPの目的は関税撤廃との説明もあるようですが、それがすべてではありません。TPPは関税、投資、環境保護など31分野でのルール統一を掲げています。
各国は国内企業を保護するために海外資本の流入を制限するなど、規制を敷いてきました。その場合、国内の企業が優遇され、海外企業が不当な扱いを受ける可能性があります。もし海外の企業が、より良い技術、サービスを持っていたとしても、規制が障害となって、国民はより良いモノやサービスを享受することができません。これは、TPPが目指すルールの統一がないことのデメリットです。
世界経済のグローバル化が進み、各国は経済的に密接につながり合っています。わが国の企業を見ても、海外での売上が増えてきました。このトレンドが弱まることはないでしょう。グローバルなヒト・モノ・カネの流れが活発化する以上、企業、そして国家も技術面の競争力や企業誘致面での競争力を引き上げる必要があります。グローバル化が進む中でTPPの合意が目指されたことは必然とも言えるでしょう。
競争力は一朝一夕で引き上げられるものではありません。しかし、競争力をつけなければ、グローバル化の流れに対応できないことも事実です。競争に対応するためには、自助努力で技術力などを強化しなければなりません。少子化と高齢化が進み潜在成長率の低下が懸念されるわが国にとって、競争原理の引き上げを通した効率的な資源の配分が進むことは、長期的な成長基盤の強化にもつながるはずです。
TPPは競争をもたらすことで、成長を支えるきっかけになると考えるべきです。わが国が規制緩和などの構造改革を進め、成長戦略を推進するためにもTPPをうまく使うことを考えるべきでしょう。
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- 真壁 昭夫
- Akio Makabe