1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現:みずほ銀行)に入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社へ出向。みずほ総研主席研究員などを経て、1999年より国内有名大学の講師・教授を歴任し、現職は法政大学大学院教授。テレビ朝日「報道ステーション」、日経CNBC「NEWS ZONE」レギュラーコメンテーターなど多数のTV番組に出演する一方、ビジネス情報サイト「ダイヤモンド・オンライン」でのコラム連載、「下流にならない生き方」、「はじめての金融工学」など、著書も多数。
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真壁 昭夫法政大学大学院教授
今注目のキーワードから読み解く!
今後の金融業界展望
<第3回>2016.06.29
パナマ文書
パナマ文書とは、パナマの法律事務所であるモサック・フォンセカから流出した膨大な機密文書のことを指します。そこには、世界の政治家や富豪などが関与したとされる、タックス・ヘイブン(租税回避地)での資産運用などに関する膨大な情報が記載されていました。パナマ文書が示す膨大な情報には、いくつかの問題点が隠されています。1つは、有力政治家や大富豪などの納税逃れの行為があることです。また、そうした税金逃れが合法的に行われてきたという事実です。同文書には、今後、世界の政治・経済情勢に無視できない影響を与えるリスクがあると見るべきです。
パナマ文書とタックス・ヘイブン
パナマ文書の存在は、南ドイツ新聞が入手した機密文書によって初めて認識されました。その膨大な情報は国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)へと渡り、当該機関が共同で分析し、その結果が公表されることで明らかになりました。
タックス・ヘイブンの代表例には、英領ヴァージン諸島、ケイマン諸島などがあります。これらの地域では、企業設立の規制がほかの諸国に比べてとても緩く、法人税などの税率はほとんどゼロに等しいと言われています。
多くの投資家や国際的な大企業が資産の運用や管理を目的に、オフショア(海外)にペーパーカンパニー(特定の事業を営まない形だけの企業)を設定してきました。その手続きは、まず企業や金融機関などがケイマン諸島などにペーパーカンパニーを設立し、資産を移した格好にします。このとき、モサック・フォンセカなどの弁護士事務所が、法人設立に関する事務、当局への届け出などを代行します。ペーパーカンパニーが所有する資産には、ケイマン諸島の税率が適用され、税の負担が軽くなります。
当然のことですが、企業は本拠地を置く国などの規制、法令を順守しなければなりません。米国民であればFATCA(ファトカ〈外国口座税務コンプライアンス法〉:Foreign Account Tax Compliance Act)などの定めに沿って、国外で管理する資産を政府に報告しなければなりません。今後の展開次第では、どこまでが節税で、どこからが脱税なのか、納税義務に関する法的な解釈が大きな注目を集めることも想定されます。そのため、税に関する取り締まりはより厳格に運用されることになるでしょう。
これまでタックス・ヘイブンと呼ばれる地域や国は、節税などを行いたい企業のニーズの受け皿となることで景気を支えてきました。税制上のメリットなどを生かして弁護士事務所や文書作成代行などのビジネスを誘致し、宿泊客を受け入れる体制を整えることで、収入を得て雇用を生み出してきました。それによって、タックス・ヘイブンの諸国が経済を運営してきたと言えます。
パナマ文書が示す世界の有力者の取引
タックス・ヘイブンを通して政治家や富豪が資産を隠し、税金逃れをしていたことには大きな問題があるでしょう。すでに、中国や英国では、政治家がタックス・ヘイブンで資産を管理・運用していたことが明らかになっています。中国では、習近平国家主席をはじめ、共産党幹部の親族が行ったとされるオフショア(海外)の金融取引に関する記録が流出しました。近年、中国共産党が倹約や不正の取り締まりを強化してきたことを考えると、「取り締まるべき人自身が税金逃れをしていた」と民衆からの不満は高まりやすくなっています。
英国ではデイヴィッド・キャメロン首相が、亡父の設立したパナマ籍のファンドを通して株式を保有し、利益を得たことが発覚しました。英国ではEUに対する離反を求める世論が高まってきただけに、首相のスキャンダルは政治への懸念を高めたと言えます。
そのほか、ロシアでは、プーチン大統領の友人の名前がパナマ文書に記載され、プーチン大統領が知人の取引を助けたのではないかとの懸念が浮上しています。アイスランドでは、グンロイグソン首相がタックス・ヘイブンに設立されたペーパーカンパニーを通して資産を運用していたことが発覚しました。これを受けて、首相が納税義務を怠ったとの批判が高まり、グンロイグソン首相は辞任に追い込まれました。
今後の予想
パナマ文書の動向を見守る上で、主に2つの動きが重要です。1つ目は、納税に関する取り締まりの強化です。もう1つは、政治に与える影響です。 すでに、米国や欧州では金融機関に対して情報提供が要請されています。その目的は、納税が適切になされたか、違法な取引がないかを確認することです。懸念されるのは、パナマ文書の発覚が、それまでは違法でないと認識されていた者も含め、オフショア金融取引の強化につながることでしょう。
多くの金融機関がケイマン諸島などを用いて資産を運用しています。規制によってそうした取引の自由度が低下するのであれば、資産の運用に関するコストが増加し、経営課題に発展する恐れもあります。オフショア金融取引の意義、正当性を法的、国際慣行の両面から理解し、説明する能力はより重要になるでしょう。
また、政治家や富豪がその地位を利用して私腹を肥やしていたとすれば、そうした行為は庶民感情には受け入れがたいでしょう。それが、政治家への批判につながり、政治運営が混乱する恐れもあります。中国では、パナマ文書に関する新聞報道などに対して情報統制が敷かれています。それは政府に対する批判を力づくで抑え込もうとする考えの表れです。中国に限らず、税金の納付を取り締まる立場にある政治家が、自らの利益を重視してタックス・ヘイブンを利用していたことは批判を免れないでしょう。
重要な点は、いかにしてコンプライアンスを守り、法令順守を徹底するかです。金融業界で活躍するためには資産の運用手法や分析能力を磨くだけでなく、各国が定めた法律や規制を適切に守ることも欠かせません。今後、オフショアでの資産運用に対する規制が厳しくなる可能性があるだけに、金融に関する法律の知識を持つ意義は高まるでしょう。
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- 真壁 昭夫
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