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榊原 英資青山学院大学特別招聘教授

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榊原英資の“グローバル視点”経済展望

<第16回>2017.03.22
なぜ、他国の不安要素が円相場に影響を与えるか



為替市場は、その国に直接・間接かかわりのあるすべての事象を反映して変動している。直接日本に関わりのない、例えばヨーロッパの政治動向等も日本とヨーロッパの関係を間接的には変える可能性があり、ユーロ/円市場にも、何らかの変化をもたらす可能性がある訳だ。例えば、イギリスのEU離脱は2016年6月23日の国民投票で決まったのだが、その後イギリスポンド/日本円レートがポンド安に推移しただけではなくユーロ/円も一時ユーロ安に展開している。

ドル/円についてはドナルド・トランプ新大統領の選挙勝利を受けて、しばらくはドル高に推移した。2016年10月の月間の平均レートは1ドル103.82円、11月は1ドル107.62円、12月は1ドル115.90円と月間平均レートはドル高へ動いていった。しかしトランプ新大統領が国内の雇用、そしてアメリカの輸出の増大を政策の中心に据えることが次第にはっきりしてくるとドルはピークを打ち、2017年に入ると1ドル113円前後まで下ってきている。

為替相場の先行きを見通すことはなかなか難しいが、ブレグジット・ショックが次第に収まる中でポンド/円も底を打ち再び若干の上昇に向って、ユーロ/円も強くなってきている。しかし、ヨーロッパの情勢が流動的であることには変わりがない。イタリアの政党「五つ星運動」は、ローマ・トリノ市長選で勝利する等、力を増大させ国政に参加し力をつけてきているが、彼等はイギリスと同様EU離脱を主張している。フランスの「国民戦線」の党首マリーヌ・ル・ペンも反EUの政策を掲げその勢力を伸ばしてきているし、ドイツでさえ「ドイツのための選択肢(AfD)」が州議会選挙で第二党に躍進し、AfDもEU離脱を主張し難民受け入れに反対している。

ヨーロッパでここまで反EU政党が力をつけてきた背景には難民問題への多くの市民達の強い反発がある。イギリスの国民投票で、デーヴィッド・キャメロン前首相の強い残留呼びかけにもかかわらずEU離脱が選択されたのも、流入し続ける難民に対する強い反発があったからだとされている。EU域内では、原則的に、人・モノ・カネの流れは自由なのだが、難民問題を契機にそれに対する拒否反応が次第に強くなってきている。

アメリカのドナルド・トランプ大統領の選出も、メキシコからの不法移民問題が大きく影響したと言われている。メキシコ国境に壁をつくれ等というトランプ大統領の過激な発言は多くのマスメディアの批判にもかかわらず大衆受けし、大方の予想に反してトランプ候補がヒラリー・クリントン候補を破る大きな原因になった。ヨーロッパの難民問題、そしてアメリカの不法移民問題は、まさに、グローバリゼーションあるいは地域統合の負の側面が噴出した結果だった。そして、多くの人々はグローバリゼーションの反転、あるいは統合から分離への動きを支持するようになってきた。

第二次世界大戦後、100年近くにわたって戦ってきたドイツとフランスが手を結び、次第にヨーロッパが統合され、1998年には欧州中央銀行(ECB)が設立され、1999年には共通通貨ユーロが創設されたが、今やそうした統合の負の側面が浮上し、人々は統合より分離を選択するようになってきた。世界は今、大きな転換期を据え、第二次世界大戦後続いてきたグローバリゼーションの流れは次第に反転し始めてきているのだろう。



世界は、おそらく50年~100年に一度の大きな変化の時期に入ってきている。そして、しばらくの間はヨーロッパでもアメリカでも不透明な状況が続いていくことになるのだろう。他方、アジアでも中国が高度成長期を終え安定成長期に入り、かつて10%近くだった経済成長率が6%台まで下ってきている。アジアの成長センターは次第に日本・韓国・中国等の東アジアからインド・バングラデシュ等の南アジアに移りつつある。このような流動的な状況の中で、世界経済の混乱はしばらくの間は続いていくのだろう。こうした移行期の混乱の中では安全な通貨として円への需要が強まる可能性が高くなる傾向がある。しばらくの間は緩やかな円高が続いていくのではないだろうか。2017年末から2018年にかけては1ドル100円を切る可能性もあり、時代が大きく変わろうとしているまさに今、世界の金融・経済に注目する必要がある。


Profile

榊原 英資
Eisuke Sakakibara

1941年生まれ。東京大学経済学部卒、1965年に大蔵省に入省。ミシガン大学に留学し、経済学博士号取得。1994年に財政金融研究所所長、1995年に国際金融局長を経て1997年に財務官に就任。1999年に大蔵省退官、慶應義塾大学教授、早稲田大学教授を経て、2010年4月から青山学院大学特別招聘教授。近著に「資本主義の終焉、その先の世界」、「中流崩壊 日本のサラリーマンが下層化していく」、「仕事に活きる教養としての『日本論』」、「日本経済『成長』の正体」、「榊原英資の成熟戦略」など。