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榊原 英資青山学院大学特別招聘教授

就活生向け!
榊原英資の“グローバル視点”経済展望

<第4回>2016.07.27
英国のEU離脱で急激な円高に。
どうなる今後の為替市場



イギリスのEU離脱を問う国民投票が2016年6月23日に実施され、離脱支持が僅差で勝利することになった。離脱支持は52%、残留支持は48%、投票率は約72%とかなり高いものだった。勝敗の決め手はイギリスに流入する移民のスケールの大きさだった。2004年以降EUがさらに拡大するに従いイギリスに流入する移民の数が上昇し、労働市場では移民との競争が起き、公共サービスにも負荷がかかった。そして政治家が移民問題をうまく対処できなかったことが有権者の不満を増大させ、EU離脱に票を投じさせる要因となったのだ。

2016年6月24日離脱を受けてキャメロン首相は辞任の意向を発表し、スターリング・ポンドもUSドルに対し8%下落した。ユーロドルも1.1前後に急落している。イギリスの離脱はEU全体の今後について不透明性を増したのだった。

こうした流れの中で円はポンド、ユーロに対しても上昇しただけではなくUSドルに対しても大きく上昇した。2015年末までは1ドル120円を上回っていた円ドルレートは2016年に入り円高に転じ(2016年1月の月内平均レートは1ドル118.3円、3月は113.1円、5月は109.1円)、6月24日のイギリスのEU離脱を受けて1ドル105円を切り、102円台まで急落している。介入警戒感などから今までのところ1ドル100円は切っていないものの、中期的には1ドル100円突破をうかがう状況だ。有事のときの「円買い」ということでUSドルに対しても円が高くなっているのだ。



中国人民元はこのところ対ドルで人民元安に推移している。2016年5月末の1ドル6.59前後から7月には6.67前後まで安くなってきている。対ドルで円が上昇しているので人民元の対円レートも2015年末までは1人民元19円前後で推移していたが、このところの円高で1人民元15円前後までの円高に推移している。

中国当局は人民元を中長期的にアジアでUSドルに次ぐ通貨にしたいと考えているのだろう。東南アジアなどで人民元の流通を増加させるとともに、SDR(※)に人民元を加えることをIMFに要請し、2015年11月30日IMF理事会は2016年10月からSDRの構成通貨に人民元を加えることを正式に決定している。SDRの価値を計算する際の構成比については、米ドル41.73%、ユーロ30.93%、人民元10.92%、日本円8.33%、英ポンド8.09%としたのだった。ラガルドIMF専務理事は、同日、「世界の金融システムに中国経済を融合する上で重要な一里塚だ」と指摘し、中国の過去数年の金融政策を評価した上で、さらなる改革を求めたのであった。

現在、中国の名目GDPは10兆9,828億ドルと世界のナンバー2(2015年、ナンバー1はアメリカの17兆9,470億ドル、ナンバー3は日本の4兆1,233億ドル)。2025~2030年前後にはアメリカをも抜いて世界のナンバー1になると予想されている。プライス・ウォーターハウス・クーパーズの予測によれば、2050年の中国のGDPは61兆790億ドルで世界のナンバー1。ナンバー2はインドで42兆2,050億ドル、アメリカはナンバー3で41兆3,840億ドルとされている。ちなみに日本はナンバー7で7兆9,140億ドルとの予測だ。

世界ナンバー1のGDP大国になることを見据え、中国が中長期的に人民元を世界の、少なくともアジアの基軸通貨とすることを狙っていることはごく自然なことだろう。もちろん、通貨を国際化するためには国内外の金融システムを自由化しなくてはならないが、次第に自由化を進めることは中国の中長期的戦略になっているのだろう。

人民元がアジアの主要通貨になるとすれば円はどうなるのだろうか。現在、円はUSドル、ユーロとともに世界で自由に取引のできる世界三大通貨の1つになっている。そう簡単に中国元が日本円を取り込んでしまうとは思えないが、中長期的には人民元とUSドル、そして日本円の関係をどうするのかを考えておかなくてはならないのだろう。人民元、円を含むアジアの共通通貨の創設などは難しいとしても、今後のアジアの通貨体制をどうしていくかの戦略をそろそろ持つべきなのかもしれない。


※SDR(特別引出権):IMFが、加盟国の準備資産を補完する手段として1969年に創設した国際準備資産のこと。自由利用可能通貨との交換が可能で、主要4通貨からなるバスケットに基づいて決められており、2016年10月1日付けで5番目の構成通貨として中国の人民元(RMB)をバスケットに加えることで拡大することになっている。2015年11月30日時点で、2,041億SDRが加盟国に配分されている(2,850億ドル相当)。

Profile

榊原 英資
Eisuke Sakakibara

1941年生まれ。東京大学経済学部卒、1965年に大蔵省に入省。ミシガン大学に留学し、経済学博士号取得。1994年に財政金融研究所所長、1995年に国際金融局長を経て1997年に財務官に就任。1999年に大蔵省退官、慶應義塾大学教授、早稲田大学教授を経て、2010年4月から青山学院大学特別招聘教授。近著に「資本主義の終焉、その先の世界」、「中流崩壊 日本のサラリーマンが下層化していく」、「仕事に活きる教養としての『日本論』」、「日本経済『成長』の正体」、「榊原英資の成熟戦略」など。