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榊原 英資青山学院大学特別招聘教授

就活生向け!
榊原英資の“グローバル視点”経済展望

<第2回>2016.06.15
ヨーロッパの統合は道半ば



1870年の普仏戦争以来、ドイツとフランスは第一次世界大戦・第二次世界大戦と70年あまりにわたって戦い続けてきた。さすがに第二次世界大戦後はドイツとフランスは手を握りヨーロッパ統合を進めていった。

まず1951年のパリ条約で欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)が生まれ、1957年のローマ条約で欧州経済共同体(EEC)と欧州原子力共同体(EAEC)が発足、10年後、この3つの組織を統合して欧州共同体(EC)が生まれる。

さらに1992年に調印されたマーストリヒト条約で現在の欧州連合(EU)の仕組みが作られたのだ。

現在EU加盟国は28カ国。フランス・ドイツ・イタリア・オランダ・ベルギー・ルクセンブルグ・イギリス・ギリシャ・スペイン・アイルランド・デンマーク・フィンランド・オーストリア・ポルトガル・スウェーデン・スロバキア・ハンガリー・ポーランド・チェコ・エストニア・ラトビア・リトアニア・スロベニア・マルタ・ルーマニア・ブルガリア・キプロス・クロアチアだ。またこのうちユーロを通貨としている国、いわゆるユーロ圏は19カ国。オーストリア・ベルギー・キプロス・ドイツ・スペイン・エストニア・フィンランド・フランス・ギリシャ・イタリア・アイルランド・ラトビア・リトアニア・ルクセンブルグ・マルタ・オランダ・ポルトガル・スロバキア・スロベニアだ。




ユーロ圏19カ国は金融政策も統合され、フランクフルトに本部を置く欧州中央銀行(ECB)が金融政策を作成し実行する。現在の総裁は前イタリア銀行総裁のマリオ・ドラギ。副総裁は前ポルトガル銀行総裁のヴィトル・コンスタンシオが務めている。政策の決定は総裁・副総裁を含む6名の役員会で決定され、6名のうち4名はフランス・ドイツ・イタリア・スペインの中央銀行出身者で占めることになっている。

金融と為替が統合されているので、これで財政が統合されれば一つの国になるわけだ。ヨーロッパ合衆国ということだが、財政の統合はなかなか難しく近い将来に実現する可能性は極めて低い。

このユーロ体制のもとでドイツやオランダなどの北ヨーロッパの国は国際収支が改善し、財政収支も良くなっているが、ギリシャ・スペイン・ポルトガルなどは逆に国際収支の赤字が増大し財政収支も悪化している。旧来の体制ならドイツマルクが切り上がってギリシャドラクマが切り下がって為替による調整が可能だった。ユーロ創設でそれもできなくなり、南北ヨーロッパの格差が拡大してしまったのだ。




こうした中で2010年にはギリシャ危機が発生し、IMFやECBが大量の資金を投入して危機をなんとか乗り切ったのだが、2015年には危機が再燃、当面はEUのギリシャ支援でなんとかなったものの、難民問題で状況は、また、厳しくなってきている。

1998年のECBの設立、1999年のユーロ創設で金融と為替についてユーロ19カ国は統合されたのだが、各国ごとの金融と為替という調整弁を失うことによってヨーロッパ諸国の格差は拡大してしまったのだった。フランスの人口学者エマニュエル・トッドは「『ドイツ帝国』が世界を破滅させる -日本人への警告」(文春新書・2015年)の中でユーロ体制はドイツの一人勝ちを促進し、ヨーロッパを不安定にさせるとして次のように述べている。

「ドイツの指導者たちが支配的立場に立ったとき、彼らに固有の精神的不安定性を生み出す。歴史的に確認できるとおり、支配的状況にあるとき、彼らは非常にしばしば、みんなにとって平和でリーズナブルな未来を構想することができなくなる。」

前述したように、戦後、ドイツとフランスが手を組み、ヨーロッパ統合を進めてきたのだが、ここにきて、ドイツの力が強くなりすぎて問題が生じ始めているのだ。財政まで統合してヨーロッパ合衆国をつくるにしても、それがドイツ帝国の再来であれば、南欧諸国やフランスには受け入れられない選択なのだ。その場合、財政のトランスファーを制度化し、欧州諸国の均衡的発展を図る必要があるのだが、このオプションはドイツ国民にとって難しいばかりでなく、南欧諸国にも困難なものになるのだろう。


Profile

榊原 英資
Eisuke Sakakibara

1941年生まれ。東京大学経済学部卒、1965年に大蔵省に入省。ミシガン大学に留学し、経済学博士号取得。1994年に財政金融研究所所長、1995年に国際金融局長を経て1997年に財務官に就任。1999年に大蔵省退官、慶應義塾大学教授、早稲田大学教授を経て、2010年4月から青山学院大学特別招聘教授。近著に「資本主義の終焉、その先の世界」、「中流崩壊 日本のサラリーマンが下層化していく」、「仕事に活きる教養としての『日本論』」、「日本経済『成長』の正体」、「榊原英資の成熟戦略」など。