1941年生まれ。東京大学経済学部卒、1965年に大蔵省に入省。ミシガン大学に留学し、経済学博士号取得。1994年に財政金融研究所所長、1995年に国際金融局長を経て1997年に財務官に就任。1999年に大蔵省退官、慶應義塾大学教授、早稲田大学教授を経て、2010年4月から青山学院大学特別招聘教授。近著に「資本主義の終焉、その先の世界」、「中流崩壊 日本のサラリーマンが下層化していく」、「仕事に活きる教養としての『日本論』」、「日本経済『成長』の正体」、「榊原英資の成熟戦略」など。
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榊原 英資青山学院大学特別招聘教授
就活生向け!
榊原英資の“グローバル視点”経済展望
<第13回>2017.01.25
ポスト資本主義の時代へ
近代資本主義は、長い16世紀(1450~1640年)から始まったとされている。中世の帝国の崩壊の後、イタリア諸都市から生まれた「主権国家」は次第に北上しオランダ、そして最終的にはイギリスが主権国家として世界に雄飛した。ブローデルが名著「地中海」(全5巻・浜名優美訳・藤原書店・1991~95年)で指摘したように、その最大の分岐点は1571年のレパントの海戦だった。この海戦でのスペイン・イタリア諸都市連合軍のオスマン帝国に対する勝利は、いわば中世の終焉であり、西欧近代の黎明だったのだ。この時期はスペインのフェリペ2世の全盛期、イギリスではエリザベス1世がすでに即位していた。エリザベス1世の時代は1603年まで続き、1588年にはドレーク等がスペインの無敵艦隊を破り、次第にスペインからイギリスへとヨーロッパの主役は移っていったのだった。
イギリスは18世紀末の産業革命を経て資本主義体制を確立、世界の7つの海を支配し資本主義システムを世界に広めていった。日本もまた明治維新を経て、後発の資本主義国家として、ドイツやイタリア等とともに資本主義体制を確立していき、1902年(明治35年)には日英同盟を結び、イギリスをモデルに近代化・産業化を進めていった。
資本主義システムはイギリスからドイツ・フランス等の大陸ヨーロッパ、そしてイギリスの植民地だったアメリカにも広まっていった。第一次世界大戦・第二次世界大戦の戦場となったヨーロッパは次第に疲弊し、第二次世界大戦後はアメリカが資本主義システムを担うこととなる。19世紀半ばから第一次世界大戦まではイギリス帝国の最盛期、パクス・ブリタニカと呼ばれた時代だったが、第二次世界大戦後はアメリカを盟主とするパクス・アメリカーナの時代が続き、アメリカはマーシャル・プランでヨーロッパを支援し、日本にもガリオア・エロア資金等で援助をしたのだ。
第二次世界大戦で荒廃したヨーロッパと日本は戦後復興のフロンティアだった。また、アジアやアフリカ諸国も援助等を軸に力強く経済復興を展開していき、「より遠くに、より速く、より合理的」に進むことによって近代資本主義は大きく花ひらいていったのだ。戦後、世界経済は高度成長期に入り、特にOECD諸国は1950~87年の間平均で3.9%の成長を達成した。(1900~50年の平均成長率は2.2%)特に、敗戦で荒廃した日本やドイツ等の成長は目覚しく、1950~87年の平均成長率は日本が7.1%、西ドイツが4.4%、イタリアが4.4%に達した。日本は高度成長期(1956~73年)には平均9.1%、安定成長期(1974~1990年)には平均4.2%の成長率を記録している。しかし、高度成長期・安定成長期は1980年代に終焉し、日本・ドイツ等をはじめ世界経済は成熟期に入っていく。1990年から2016年の日本の年平均成長率は1%弱であり、また多くの先進国もその成長率は0から2%のレンジ、平均1%だった。
ハーバード大学のローレンス・サマーズ教授はこれを中長期的停滞(Secular Stagnation)と呼んでいるが、資本主義が成熟し「豊かなゼロ成長」の時代に入ったのだということがいえるのではないだろうか。これは、ある意味では、資本主義の終焉と考えることもできる。世界経済、特に先進国経済は成熟期に入り最早より遠くに、より速く、より合理的に進むことが難しくなってしまったのだ。地理的にも産業展開の面でもフロンティアはほぼ開発しつくされ、「より近くに、よりゆっくり」進まざるをえなくなってしまった。
そして、利潤率と利子率は低下し、各国の金利は大きく低下してきている。2017年1月6日現在日本の10年債の金利は0.051%、ドイツ10年債0.246%、アメリカ10年債2.361%となっている。この低金利は、中世終焉後の長い16世紀(1450~1640年)以来の一時代であった「近代資本主義時代」の終わりを招いたと言えるだろう。そして世界は「ポスト資本主義」の時代として、世界が未だ経験したことのない豊かなゼロ成長の時代に入っていく。今後、世界経済がどのように展開していくのかは、予測しにくい状況だといえよう。
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- 榊原 英資
- Eisuke Sakakibara