1941年生まれ。東京大学経済学部卒、1965年に大蔵省に入省。ミシガン大学に留学し、経済学博士号取得。1994年に財政金融研究所所長、1995年に国際金融局長を経て1997年に財務官に就任。1999年に大蔵省退官、慶應義塾大学教授、早稲田大学教授を経て、2010年4月から青山学院大学特別招聘教授。近著に「資本主義の終焉、その先の世界」、「中流崩壊 日本のサラリーマンが下層化していく」、「仕事に活きる教養としての『日本論』」、「日本経済『成長』の正体」、「榊原英資の成熟戦略」など。
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榊原 英資青山学院大学特別招聘教授
就活生向け!
榊原英資の“グローバル視点”経済展望
<第11回>2016.12.21
トランプ政策によるアジア情勢の行方
ドナルド・トランプ次期アメリカ大統領は大統領就任初日にTPPから離脱すると明言している。TPPはTrans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement(環太平洋戦略的経済連携協定)の略称で、当初はシンガポール・ブルネイ・チリ・ニュージーランド4ヶ国の経済連携協定だったが、2010年からアメリカ・オーストラリア・ベトナム・ペルーの4ヶ国を加えた拡大交渉が開始され、その後マレーシアも加わり、2011年11月大筋合意に至った。日本は当初反対の立場をとっていたが、2013年3月に安倍政権がTPP交渉に参加を表明、2016年2月に日本やアメリカ等12ヶ国が署名している。それぞれの国が国内での承認を得て発効することとなる。アメリカのオバマ現大統領(2016年12月21日現在)はTPPに積極的で「TPPの重要性について今後とも国内で理解を求めるべく尽力を続ける」としているが、トランプ次期大統領は前述したようにTPPからの離脱を公約している。
TPPの原則は「関税の撤廃」と「各国の様々なルールや仕組みの統一」だが、関税の他に21の交渉分野があり、そこでのルールの統一が大きなポイントになっている。21の交渉分野は、物品市場アクセス・原産地規則・貿易円滑化・衛生植物検疫・貿易の技術的障害・貿易救済・政府調達・知的財産・競争政策・越境サービス・一時的入国・金融サービス・電気通信・電子商取引・投資・環境・労働・制度的事項・紛争解決・協力・分野横断的事項が含まれている。21分野での交渉は容易ではなく、特に物品市場アクセス・原産地規則・知的財産の交渉などが難航していたのだった。
TPPは前述したように、アメリカ・カナダ・オーストラリア・日本を含む12ヶ国で交渉されているが、中国・韓国は含まれていない。そしてTPPは中国を牽制している側面があり、中国は逆にAIIB等を創設し、TPPに対抗する姿勢をとっている。AIIBにはイギリス・フランス・ドイツ・イタリア等欧州諸国が参加しており、アジア・ヨーロッパ・アラブ諸国等57ヶ国が既に参加している。主要な国で参加を見送っているのはアメリカ・日本・メキシコ・アルゼンチンのみという状態だ。AIIBの資本金は1千億ドル、75%はアジア域内、残り25%をアジア以外のヨーロッパ等に割り当てている。中国の出資比率は30%弱、インドは10%強になっている。
ちなみに、日本が最大出資国であるアジア開発銀行(15.65%、アメリカも15.65%)でも、AIIBの中国出資比率の半分程度だ。アジア開発銀行歴代総裁は日本の財務省等から送られ、現総裁は元財務官の中尾武彦になっている。設立当初、日本は総裁ポストを確保するかわりに銀行の本部はフィリピンのマニラに置くということで妥協したのだった。これに対して、AIIBの行長は元中国国際金融公司の金立群、本部は中国北京市にあり、前述したように中国の出資比率は30%弱とアジア開銀のアメリカ・日本の出資比率の倍近くなっている。
ドナルド・トランプ次期アメリカ大統領はTPPからの離脱を宣言しながら、AIIBについては将来参加する可能性があるとしている。アメリカの対外的コミットメントを縮小し内政に注力するというのがトランプ次期大統領のスタンスだが、その外交政策は未知数だ。12月2日には台湾の蔡英文総裁と電話会談を行い、中国から強硬な抗議を受けているが、トランプ次期大統領の中国政策は今のところはっきりしていない。
また、トランプ次期大統領はアジアからの米軍の撤退を主張しており、直ちにではないにしても、米軍のコミットメントを次第に縮小し、日本や韓国等の同盟国による肩代りを要求してくるのだろう。「アメリカ・ファースト」の政策は結局、内政の充実と外交的コミットメントの縮小に繋がってくるのだろう。米国のTPPからの離脱もそうした政策の一つの結果だと見ることができる。最早、アメリカは世界の警察官としての役割を果す意図はなく、能力もないということであり、そのバキュームを日本や韓国等に埋めてほしいということなのだ。日本や韓国の経済的実力からすればこれは当然のことなのかもしれない。憲法上の問題はあるにしても、日本がアジアで軍事的にもそれなりの役割を果たす時が来たのではないだろうか。
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- 榊原 英資
- Eisuke Sakakibara