1941年生まれ。東京大学経済学部卒、1965年に大蔵省に入省。ミシガン大学に留学し、経済学博士号取得。1994年に財政金融研究所所長、1995年に国際金融局長を経て1997年に財務官に就任。1999年に大蔵省退官、慶應義塾大学教授、早稲田大学教授を経て、2010年4月から青山学院大学特別招聘教授。近著に「資本主義の終焉、その先の世界」、「中流崩壊 日本のサラリーマンが下層化していく」、「仕事に活きる教養としての『日本論』」、「日本経済『成長』の正体」、「榊原英資の成熟戦略」など。
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榊原 英資青山学院大学特別招聘教授
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榊原英資の“グローバル視点”経済展望
<第10回>2016.11.24
アメリカ大統領選挙 ―噴き出す挫折感―
2016年11月8日に行われたアメリカ大統領選挙は、大方の予測に反してドナルド・トランプの勝利に終わった。トランプはスイング・ステートといわれるオハイオ州・フロリダ州を抑え、民主党が地盤としてきたペンシルバニア州でも勝利、選挙人279人を獲得しヒラリー・クリントンを破ったのだ。実は、総得票数ではクリントン5983万5153票、トランプ5961万8815票とクリントンがトランプを上回ったのだが、トランプが接戦州で勝利し当選したのだった。
トランプは「メキシコ国境に壁を築く」等の発言で共和党主流派の反発を招き、当初は泡沫候補と見られていたのだが、共和党の指名を獲得し、遂に大統領選でも勝利したのだった。父フレッド・トランプの不動産業開発事業を継ぎ、1971年トランプ・オーガニゼーションを組織し経営権を父から譲り受け、トランプタワー等自らの名前を称したホテル・カジノ・ゴルフコース等を次々と立ち上げ、不動産王としての名声をほしいままにしたのだった。フォーブス(2015年)によると彼の純資産は45億ドルに達するという。
ただ、政治あるいは軍隊の経験は全くなく、2015年6月16日に大統領選に共和党から出馬することを宣言した直後には、共和党主流派の反発を受け、ロバート・ゼーリック前世界銀行総裁、マイケル・チャートフ元国土安全保障長官等、120名の共和党の安全保障の専門家が「トランプの大統領就任を阻止するために精力的に取り組むと誓う」という連名の公開書簡を発表している。
しかし、時には暴言ともいえるその率直な発言はアメリカの現状に不満を抱く多くの国民の支持を得て、トランプ人気は急速に上昇していったのだった。2016年3月4日には共和党指名争いから撤退した元神経外科医のベン・カーソンから大統領候補としての支持を受け、2016年5月3日、インディアナ州の予備選で勝利し、共和党の大統領指名に必要な代議員1237人の確保をほぼ確実にしたのだった。この結果を受け、ライバル候補のテッド・クルーズ及びジョン・ケーシックは予備選からの撤退を表明した。2016年7月18日から21日までオハイオ州クリーブランドで行われた共和党大会でトランプは大統領候補に指名され、副大統領候補にはマイク・ペンスが選ばれたのだった。
トランプ指名後もメディアの支持はほとんどなく、日刊紙・週刊誌・雑誌・学生新聞・国際報道機関誌等のほとんどはヒラリー・クリントン支持に回った。(クリントン支持425、支持なし70、トランプ支持12)例えば、ニューヨーク・タイムズでは2016年1月30日、その紙面で、民主党のヒラリー・クリントンを「近代史上、最も能力の高い大統領候補」と称賛する一方で、共和党のトランプを「経験もなければ、安全保障や世界規模の貿易について学習することへの興味もない」と酷評したのだ。
こうした多くのメディアの批判にもかかわらず、トランプが勝利した背景には多くのアメリカ国民の現状に対する不満があったのだろう。上位1%に集中する富の蓄積(上位1%が全所得の20%以上を占める)、崩壊する中産階級と格差の拡大の中で多くの庶民は「変革」(Change)を求めたのであった。トランプの選挙戦のキーワードはまさに変革(Change)、ワシントンのアウトサイダーとしてアメリカ政治の大改革を求めたのだった。トランプと争ったヒラリー・クリントンは華やかな経歴を持つ、ワシントンのインサイダー。元大統領ビル・クリントンの夫人、ファースト・レディであり、上院議員を8年(2001~09年)、国務長官を4年務めている。ワシントン・インサイダーのヒラリー・クリントンとワシントン政治のアウトサイダーのドナルド・トランプの戦いだったのだが、ワシントン政治に反発を感じ、変革(Change)を求めていた多くのアメリカ国民はアウトサイダーであるトランプを選んだのだ。
トランプ大統領の誕生は、実はアメリカ国民の政治・経済の現状に対する不満あるいは挫折感の表明であると見ることもできるのだろう。そしてインサイダーであるヒラリー・クリントンへの不満がその底流にあったのだ。苦悩するアメリカ、あるいは分裂するアメリカがこれからどこにいくのか、アメリカも世界も難しい局面に入ってきている。
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- 榊原 英資
- Eisuke Sakakibara