1941年生まれ。東京大学経済学部卒、1965年に大蔵省に入省。ミシガン大学に留学し、経済学博士号取得。1994年に財政金融研究所所長、1995年に国際金融局長を経て1997年に財務官に就任。1999年に大蔵省退官、慶應義塾大学教授、早稲田大学教授を経て、2010年4月から青山学院大学特別招聘教授。近著に「資本主義の終焉、その先の世界」、「中流崩壊 日本のサラリーマンが下層化していく」、「仕事に活きる教養としての『日本論』」、「日本経済『成長』の正体」、「榊原英資の成熟戦略」など。
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榊原 英資青山学院大学特別招聘教授
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榊原英資の“グローバル視点”経済展望
<第9回>2016.11.02
資源輸出価格の下落と世界経済
アメリカのシェールガス生産増加の影響で石油価格が大きく下落している。2012年から2014年までWTIの年間平均価格は1バレル90USドルを上回っていたが、2015年には48.75USドル(年間平均)に下落し、2016年にはさらに40.75USドル(1月~8月の平均価格)まで下がってきている。天然ガスの価格も平行して下落し、2016年にはアメリカで2.24USドルまでになっている。(2014年年間平均価格は100万BTUが4.37USドル、2015年年間平均価格は2.61USドル)
当然、石油輸出国の経済成長率は低下する。2011年9.96%の成長を達成したサウジアラビアはその後成長率を下げ、2015年には3.35%、2016年には1.21%(2016年はIMFによる2016年4月の予測)まで下落すると予測されている。カタールも2011年には13.38%の成長を達成したが、2015年に3.27%、2016年には3.40%まで成長率を下げてきている。(2015年、16年ともに2016年4月時点のIMFの推計)クウェートも同様。2011年には10.61%だった成長率が2015年には0.9%、2016年には2.40%まで下っている。(2015年、16年ともにIMFによる2016年4月時点の推計)
天然ガス等主要な燃料・エネルギー輸出国であるロシアはさらに問題が大きく、2015年の成長率はマイナス3.75%まで落ち込んでいる。(2011年成長率は4.26%、12年3.51%、13年1.28%、14年0.75%)IMFの2016年4月時点の推計では2016年もマイナス1.85%と予測されている。
石油価格同様、鉄鉱石価格も2015年に大きく下っている。(2011年には1トン167.79USドルだったのが2015年には55.21USドルに下落、さらにIMFの推計によると2016年には53.22USドルまで下落するとされている。)鉄鉱石の主要な輸出国であるブラジルはこの影響を受け、2015年の成長率はマイナス3.85%まで下落、2016年もマイナス3.80%と予測されている。(15年、16年ともIMFの2016年4月の推計)2000年台(2000~2009年)の年間平均成長率は3.40%だったのだが、2014年から成長率が下落し、ついにマイナス成長に陥ってしまったのだ。
問題は石油価格・鉄鉱石価格の下落、あるいは、低位安定が今後も続くかどうかということだろう。WTIの価格は2016年1月には1バレル30.70USドルまで下がったがその後反転し、2016年8月には44.75USドルまで戻してきている。鉄鉱石価格もほぼ同様、2015年12月に1トン39.60USドルまで下がったが、2016年8月には60.47USドルまで戻している。このところ世界経済は景気回復局面にあるのだが、2016年から17年にかけて、これが力強く続いていくのかどうか。IMFは2016年世界経済の成長率は3.1%、17年は3.4%とかなりの景気回復を予測している。(2014年3.4%、2015年3.1%)先進国経済は2015年にも成長率を下げていないが、問題は2015年に前年の4.6%から4.0%まで成長率を下げた新興市場及び途上国。IMFは2016年は4.1%、17年は4.6%と順調に景気回復をしていくと予測しているが、はたしてそれが可能なのかどうか。
世界経済がハーバード大学のローレンス・サマーズ教授が言うように中期的景気後退(Secular Stagnation)に入っているとすれば、こうした景気回復は望めないのかもしれない。世界銀行は2016年6月、世界経済見通しを2016年1月に予測した2.9%から2.4%に下方修正している。資源価格が一応反発に転じ、世界経済の減速には歯止めがかかったように見えるが、景気回復は力強さを欠いているように思われる。
多くの先進国は既に豊かさを実現し、1人当りGDPも4万~5万USドルに達しているところがほとんどだ。こうした状況では、人々は力強い成長を必ずしも望まないだろう。少なくとも、先進国は「豊かなゼロ成長」の時代に入り、現状が維持されればいいと思っているのではないだろうか。おそらく先進国にとって「今日よりよい明日」はないのかもしれない。
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- 榊原 英資
- Eisuke Sakakibara