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プロの視点

伊藤 元重東京大学名誉教授/学習院大学 国際社会科学部 教授

“ウォーキング・エコノミスト”が語る、
世界経済・日本経済のこれから

<第18回>2017.08.23
超高齢社会と日本経済

高齢者の定義の変更

私は1951年生まれであるが、その時の平均寿命はおおよそ60歳だった。戦後に整備された雇用や年金などの仕組みは、こうした平均寿命を想定しながら作られていった。それから現在に至るまでに、日本人の平均寿命は20年以上伸びている。当然、それに合わせて定年や年金の仕組みを調整する必要がある。ただ、その調整は十分ではない。

平均寿命が長くなるにつれて、高齢者と呼ばれる人たちの体力にも変化が起きている。あるセミナーで聞いた話だが、通常歩行速度で比べると10年前の64歳と現在の75歳の人が、男女ともに、ほぼ同じであるという。要するに10年で11歳若返ったことになるが、こうした数字を出すまでもなく、現在の60歳代の多くの人は高齢者と呼ぶのは適切ではないように思える。

平均寿命が長くなって、同時に体力が向上しているのであれば、高齢者の定義を変えることが有効であるだろう。現在の制度では、65歳までは働く場を確保できるようにすると同時に、65歳から年金が全額支給される。つまり、65歳が現役と引退の境界年齢のような制度となっているが、かりにこれを65歳から70歳にまでずらすことができれば、日本は超高齢社会とは言えなくなる。重要なことは、高齢者の定義である。

現実問題としても、65歳に多くの人が引退する制度を維持することは現実的ではない。平均寿命が85歳になったとしよう。22歳から働き始めたとしたら、22歳から65歳まで43年間働いて、その蓄えで残りの20年を支えることになる。少し計算すれば分かることだが、これはかなり厳しい。現役時代にそれなりの貯蓄をしなくてはならない。

かりに70歳まで働くとすれば、48年の勤労と15年の引退生活ということになるので、もう少し余裕を持って生活できそうだし、年金についても同様だ。

多様な高齢者

高齢者の定義を変えるべきだといったが、重要なことは高齢者は多様であり、年齢だけで一律に扱うことができないということだ。高齢になるほど、元気な人とそうでない人のばらつきが広がり、そして高い所得を稼ぐ人とそうした仕事に就く機会がない人に分かれることだ。

年齢によって一律に決めるのではなく、年齢とその人の健康状況や就業状況によって年金や医療などの扱いを変えていく必要がある。例えば医療費を例にとれば、現在の制度であれば75歳を超えると一律に医療費の自己負担は1割となっている。しかし、所得や資産がある人であれば、75歳を超えている人でも、現役世代と同じ3割負担でよいのではないか。

人生100年をどう設計するのか

平均寿命85年と言ったが、最近は人生100年に備えなくてはいけないという議論が盛んに行われている。「ライフ・シフト」という本がよく読まれているようだが、若い人たちは人生100年という前提で人生設計する必要がある。学校を出てから65歳まで働き、あと35年は年金暮らしというのは現実的ではない。

100年ということになると、職業選択、健康維持活動、働きながら新たな知識を学ぶリカレント教育、年金だけに頼らない老後の生活設計など、あらゆることを見直す必要がある。60歳や65歳を超えて、若い人と同じような仕事をする必要はない。一方で、70歳でも75歳でも年齢にあった仕事と生活のバランスを取れるような準備をすることが、100年時代には必要となる。そのためには、若い時からそれにあったスキルの獲得や職業選択が求められる。

100年時代の人生設計をどう描くのかというのは個々人の問題であるが、社会全体としてもそうした人生設計をサポートする仕組みにシフトしていく必要がある。そのためには、年金や雇用の制度を本格的に見直す取り組みが必要となる。年金の支給開始を70歳まで伸ばすのは酷のようだが、それによってより多くの人に70歳まで働いてもらうようにする。

そして高齢者の雇用を確保するためには、労働慣行の抜本的な改革が必要となるだろう。定年制や年功賃金制などは、早急に見直していく必要があるだろう。

引退すると急に老け込むと言われる。別の言い方をすれば、現役を続けている限り、より健康でいる人が増えるということでもある。これは医療制度とも関わってくる。

こうした制度変更には、それなりの時間がかかるだろう。ただ、改革のスピードを速めるほど、国民の意識の変化も早いだろう。何よりも重要なことは、できるだけ早く多くの国民が人生100年時代ということを意識することであろう。

Profile

伊藤 元重
Itoh Motoshige

1974年東京大学経済学部卒業。1979年米ロチェスター大学大学院経済博士号取得。専門は国際経済学。東京大学大学院教授を経て2016年4月より学習院大学国際社会科学部教授。6月より東京大学名誉教授。税制調査会委員、復興推進委員会委員長、経済財政諮問会議議員、社会保障制度改革推進会議委員、公正取引委員会独占禁止懇話会会長などの要職を務める。ビジネスの現場で、生きた経済を理論的観点を踏まえて鋭く解き明かす「ウォーキング・エコノミスト」として知られ、テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」などメディアでも活躍中。「入門経済学」「ゼミナール国際経済入門」「ビジネス・エコノミクス」「ゼミナール現代経済入門」など著書多数。