新卒学生のためのインターンシップ・就活準備サイト

Columns
プロの視点

伊藤 元重東京大学名誉教授/学習院大学 国際社会科学部 教授

“ウォーキング・エコノミスト”が語る、
世界経済・日本経済のこれから

<第14回>2017.04.26
BRICsの後に続く国

新興国の成長は止まったのか

2001年9月11日、ニューヨークやワシントンDCで飛行機が建物に突っ込む大規模なテロ事件が起きた。9.11と呼ばれるテロだ。これを受けて、世界経済はきびしい不況に突入すると見られた。前年の米国でのITバブル崩壊もあり、すでに世界経済は減速を続けていたが、テロの影響がそれに追い打ちをかけると見られたのだ。

こうした中で、ゴールドマンサックス証券のオニール氏は、これとはまったく違った見方を提示した。これがBRICsの考え方だ。BRICsとは、ブラジルのB、ロシアのR、インドのI、中国のCを並べたもので、これらの国に代表される新興国が急速な成長を遂げるだろうから、世界経済はそれに引っ張られて、むしろ成長のスピードを速めるという見方だ。

結果的には、オニール氏の予想は見事に当たった。新興国の成長に牽引された世界経済は、その後歴史上最高と言われる高い成長率を遂げることになる。新興国や途上国は、それまではどちらかといえば世界経済のお荷物のように考えられる傾向にあったが、BRICsの躍進は新興国に対する見方を大きく変える結果ともなった。

その中でもとくに、中国の経済成長は目覚ましいものであった。1990年代の後半、アジアを襲った通貨危機は、結果的に中国のアジアでの存在感を高めることになった。2001年にWTO(世界貿易機関)に加盟することがきっかけとなり、中国の輸出や中国への投資は急速に拡大し、いつのまにか中国は日本を抜いて、米国につぐ世界第二の規模の経済に成長したのだ。

リーマンショックが全てを変えた

こうした新興国の成長の原動力の一つは、先進国から流れこむ膨大な資金だった。日本や米国で大胆な金融緩和政策が続けられていたことの影響も大きい。ただ、そうした超金融緩和が米国経済などにバブルを起こしていた。それが破裂したのが、サブプライム問題とそれを契機としたリーマンショックである。

リーマンショックは新興国を直撃した。先進国からの資金流入で成長を続けてきたBRICs諸国の成長率も急落し、かつて光り輝いて見えたこれらの国の経済が色あせて見えてくるようになった。

もちろん、BRICs諸国の中でも、その状況には違いがある。中国は成長が大きく鈍化したものの、なんとか踏みとどまって世界第2位になった経済規模を政治経済両面で誇示している。ただ、資産価格の高騰と過剰な投資で、金融市場の不良債権が膨らんでいるという懸念もある。

ロシアやブラジルの経済は厳しい状況が続いている。資源が豊富な両国にとっては、資源価格が低迷していることも大きな痛手となっているし、政治的な課題も少なくない。こうした中にあってインド経済は高い成長を維持している。

先進国からの過剰な資金流入によって新興国が異常に高いスピードで成長する時代は終わったのかもしれない。しかし、それは新興国の成長の時代が終わったことを意味しない。中国、ブラジル、ロシアが直面しているのは、いわゆる中所得国の罠という現象だ。

所得水準の低い国は、条件さえ整えば急速なスピードで成長することができる。ただ、中所得国と言われる水準まで所得が高くなると、そこから先、さらに高い成長を続けて先進国の仲間入りをすることは容易ではないのだ。タイ、マレーシア、トルコなども同じような課題に直面している。

政治の安定が低所得国に成長をもたらす

ただ、所得の低い国であれば、中所得国になるところまでは急速に成長することができるはずである。先進国の技術を取り入れることができるし、工業化や都市化によって成長の加速化も可能である。一人あたりの所得が3,000ドル前後、あるいはそれ以下の国がこれに対応する。

日本にとって重要なことは、アジアにこうした国が多く存在するということだ。インドネシア、フィリピン、ベトナム、ミャンマーなどの国である。政治的な変化の中にあるミャンマーは別としても、他の3国はリーマンショック後も高い成長を維持している。政治が安定していることも大きな要因である。

これらの国の所得は中国よりも相当程度低い状況にあり、低賃金の労働力を求める日本の企業にとって、工場立地として期待の持てる存在である。ベトナムはもちろん、インドネシアやフィリピンなども、政治の安定が続いていることが経済発展を加速化する大きな要因となっている。

そうした中で、フィリピンの状況は興味深い。フィリピンの大統領に就任したドゥテルテ大統領は、犯罪撲滅と治安維持のために大胆な政策を打ち出し、国際的な注目を浴びている。先日フィリピンで会議があった時、ドゥテルテ政権で重要な役割を担う警察幹部の話を聞いた。強烈な話であった。麻薬犯罪組織と警察・軍隊は戦争状況にある。麻薬撲滅の警察活動の中で、麻薬犯罪者数千名を殺害した。警察の方でも数十名の死者が出た。そうした強力な捜査を受けて、120万人ぐらいの犯罪者が投降したり逮捕されたり、刑務所に収監されたりしている。刑務所は満杯状況だ。その結果、婦女暴行、強盗、自動車盗難など、あらゆる犯罪が半減したというのだ。

裁判にもかけないで多くの犯罪者が殺されることに、先進国からは批判の声もあがっている。ただ、犯罪が大幅に減ったことから、フィリピン国民の大統領に対する支持率は非常に高いようだ。治安が改善したことで、先進国の企業も積極的にフィリピンに進出する動きを見せている。

かつて海外からの投資を集めて成長したタイなどの国では、高齢化が進んでいる。中国でも一人っ子政策の影響で、労働力不足が深刻化するはずだ。フィリピンはカトリック国ということもあるのか、若い人が非常に多い。人口はまだ増え続けている。ダイナミックな政治の行方は分からないが、注目しておかなければいけない存在であることは確かだ。

アジアでもう一つ注目しておく必要がある国がインドだ。インドについては次回、あらためて詳しく取り上げることにしたい。

Profile

伊藤 元重
Itoh Motoshige

1974年東京大学経済学部卒業。1979年米ロチェスター大学大学院経済博士号取得。専門は国際経済学。東京大学大学院教授を経て2016年4月より学習院大学国際社会科学部教授。6月より東京大学名誉教授。税制調査会委員、復興推進委員会委員長、経済財政諮問会議議員、社会保障制度改革推進会議委員、公正取引委員会独占禁止懇話会会長などの要職を務める。ビジネスの現場で、生きた経済を理論的観点を踏まえて鋭く解き明かす「ウォーキング・エコノミスト」として知られ、テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」などメディアでも活躍中。「入門経済学」「ゼミナール国際経済入門」「ビジネス・エコノミクス」「ゼミナール現代経済入門」など著書多数。