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プロの視点

伊藤 元重東京大学名誉教授/学習院大学 国際社会科学部 教授

“ウォーキング・エコノミスト”が語る、
世界経済・日本経済のこれから

<第4回>2016.09.07
世界経済回復の鍵を握る新興国

世界経済を引っ張ってきた、先進国から新興国への投資

グローバル経済を理解するためには、先進国から新興国への大きな資金の流れに注目する必要がある。先進国の経済は成熟しており、有望な投資案件がそれほどあるわけではない。ただ、高い所得を稼いでいるということで、潤沢な貯蓄が存在する。

その貯蓄が新興国に流れていくことが必要だ。新興国は成長機会に恵まれており、多くの有望な投資案件がある。ただ、投資に回す潤沢な貯蓄資金がない。そこで、貯蓄はあるが投資案件に乏しい先進国から、投資案件には恵まれているが貯蓄資金が十分ではない新興国に資金が回っていくことが必要となる。

2000年以降のグローバル経済のキーワードの1つがBRICsであった。ゴールドマンサックスのオニール氏が生み出した言葉だ。ブラジル(B)、ロシア(R)、インド(I)、中国(C)の頭文字を並べたものだが、これら4ヵ国に限らず多くの新興国がこれからの世界経済を牽引していくという見通しだ。

この言葉が出てきたのは2001年頃だった。ITバブルの崩壊や9.11のテロ事件などで先進国経済の先行きに不安が広がる中で、新興国が世界を引っ張るという強気の発言であった。結果的には、この予言は見事に当たり、多くの新興国が急速な成長を遂げていった。中国はその典型である。そしてその新興国の成長を支えたのが、先進国からの資金移動であったのだ。

崩れ始めた新興国の成長メカニズム

では、なぜこうした成長のメカニズムが突然崩れ始めたのか。そして、今後また新興国が世界経済を牽引する時代は戻ってくるのか。こうした疑問に答えることは、今後の世界経済を理解する上で重要な鍵となるはずだ。

なぜ新興国の成長は崩れてきたのだろう。中国ショックに見られるように、新興国の成長が鈍化することで、世界経済の低迷が顕在化している。BRICsという、かつては光輝いてみえた言葉も、すっかりと色あせてしまった。先進国の巨額の投資が新興国の投資を支えるというメカニズムが、あまりにも極端に働きすぎてしまった。新興国で過剰投資が起き、それが経済構造を歪めた。結果的に不動産市場などでバブルが起きている。

経済というのは、ほどほどのところで止まるということはないようだ。先進国のあまりに緩んだ金融状況が、結果的に過剰な資金移動を生み出した。それの反動がいま起きている。

新興国の成長を止める「中所得国の罠」

新興国の不振を理解するもう1つのキーワードは、「中所得国の罠」と呼ばれるものだ。新興国はツボにはまれば急速な成長を続けることができるが、ある程度のところまで所得が高くなると、それから成長を続けるのは難しい。これを中所得国の罠と呼ぶ。

まだ低所得国のときには、海外からさまざまな技術や資本を導入して高い成長を続けることができる。しかし、ある程度以上の所得水準になれば、それ以上さらに成長していくためには、自らが新しい技術を生み出していく力が必要だ。先進国になるということは、そうした実力を身につけていくということだろう。

残念ながら、中所得国になった新興国が、そうした形でさらに成長していくことはそれほど簡単ではない。アジア通貨危機から20年近く経っても所得が上昇していかないタイや、そのタイよりも1人あたりの所得が高くなった段階で成長率が低下し始めている中国などは、中所得国の罠の典型的な状況だろう。ブラジルやロシアなども同じかもしれない。

もちろん、日本や韓国などのように、中所得国の罠を抜け出した国もあるので、今後のことは分からない。そうした意味でも、中国の今後の動きには注目する必要があるだろう。

世界経済回復の鍵を握る低所得国への投資

ただ、新興国が今後も成長を続けるのかという視点で言えば、中所得国よりはもう少し所得の低い国に注目する必要がある。アジアで言えば、インドネシア、フィリピン、ベトナム、ミャンマーといった国だ。これらの国の1人あたりの所得はまだかなり低い水準にある。しかし、そうした低所得国は、政治や経済が安定していると、急速に成長をすることができる。これが過去の多くの国が経験したことだ。そしてそれを支えるのが、先進国からの潤沢な資金の流れである。

世界経済が順調に回復するかどうかは、こうした先進国から新興国への新たな資金循環が始まるか否かにかかっている。中国などの景気減速を受けて、少し悲観的な見方が強いようにも思える。世界経済を牽引する可能性を持つ投資機会に恵まれた新興国は、まだ世界に多く残っていることを忘れてはいけない。

Profile

伊藤 元重
Itoh Motoshige

1974年東京大学経済学部卒業。1979年米ロチェスター大学大学院経済博士号取得。専門は国際経済学。東京大学大学院教授を経て2016年4月より学習院大学国際社会科学部教授。6月より東京大学名誉教授。税制調査会委員、復興推進委員会委員長、経済財政諮問会議議員、社会保障制度改革推進会議委員、公正取引委員会独占禁止懇話会会長などの要職を務める。ビジネスの現場で、生きた経済を理論的観点を踏まえて鋭く解き明かす「ウォーキング・エコノミスト」として知られ、テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」などメディアでも活躍中。「入門経済学」「ゼミナール国際経済入門」「ビジネス・エコノミクス」「ゼミナール現代経済入門」など著書多数。