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プロの視点

伊藤 元重東京大学名誉教授/学習院大学 国際社会科学部 教授

“ウォーキング・エコノミスト”が語る、
世界経済・日本経済のこれから

<第13回>2017.04.12
人生は3段ロケット

同じことを続けられるのか

何気ない会話の中で、時々一生心に残るような言葉に出会うことがある。 私にもそのような言葉がいくつかあるが、「人生は3段ロケットのようなもの」という言葉もその一つだ。

米国に留学する前に寄ったロンドンで、ある日本人の研究者から言われたことだ。「人生は1段ロケットで済ますには長すぎる。3回くらいロケットを切り離す必要がある」というのだ。その時の私は、学者人生の準備のため米国の大学院に入学する前の時期だったが、この言葉の重要性を理解できなかった。しかし、人生を重ねるうちに3段ロケットの意味を実感できるようになった。

若い頃は大学で研究に没頭する生活だった。そうした生活を一生続けても良かったのかもしれない。その後何度かロケットを切り離す機会があったことが、自分の生活の幅を広げてくれた。ビジネスの世界の人たちとの交流で経済の現場のことを学ぶことができ、近年は政策の現場にいることで、経済政策についてより深く考える機会に恵まれている。

人生が短ければ、一つのことに没頭するのがベストかもしれない。しかし、一つの仕事を30年も40年も続けることは、そう簡単でもなさそうだ。もちろん、世の中にはその道50年というような大ベテランもいるが、そうした人生も幸せかもしれない。ただ、多くの人にとってそうした人生を実行することは難しそうだ。

ライフシフト

最近、ライフシフトという言葉をあちこちで聞く。リンダ・グラットンとアンドリュー・スコットによる『ライフシフト―100年時代の人生戦略』(東洋経済新報社)という書籍が広げた言葉だ。平均寿命が長くなる中で、人生の過ごし方を根本から変える必要があるという。

今、生まれてくる赤ん坊の多くは、100歳ぐらいまで生きるだろうと言われる。もし65歳で引退したら残りの35年をどう過ごしたらよいのだろうか。そもそも、35年も老後を過ごすだけの貯蓄を蓄えることも難しいだろう。仮にお金があっても35年間、時間を無為に過ごすことにでもなったらなんとも悲惨な老後である。

この記事の読者の中には20歳代の若者が多いと思うが、100歳とは言わない、90歳ぐらいまで生きる人が大半だろう。もし22歳から65歳まで43年間働いても、それから90歳まで25年間も引退生活を送るとすれば、これも悲惨な老後になる可能性が高い。43年の蓄えで25年の引退生活を支えるのは大変なことで、そもそも25年間、何をしたらよいのだろうか。

そう考えると、体が元気なうちは何らかの仕事を続けることを考えた方が良さそうだ。もちろん、20歳代の生活や仕事のやり方と、60歳代や70歳代の生活や仕事の仕方は違うだろう。仕事とは言っても、会社や組織に所属するだけが仕事ではない。兼業や副業もあるだろうし、シニアになってからのプチ開業もあるだろう。非営利の社会活動に積極的に関わることも有益である。

学びと働きと遊びの混合

もう20年以上前のことだが、作家の堺屋太一氏が面白いことを言っていた。「日本人は子供の頃は勉強ばっかりしていて、大人は働きすぎ。だから年をとるとすることが何もない」というものだ。このメッセージは、子供は学校社会にだけこもるのではなく、もっと社会と接する機会が必要であり、大人は仕事に追われるだけでなく、勉強も続けなくてはいけない。そうすれば、老後も色々とやることがあるはずだ、というものだ。

今、世界的に流行となっているライフシフトの本質を見事に言い当てた指摘である。これから社会人となる若者の皆さんにとっては、社会人になってからも学ぶことが重要であるということを強調しておきたい。学校の時代と同じような学び方ではないかもしれない。それでも、常に何か新しいことを学び、そして日常よりも深く考える機会をもつことが重要であるのだ。

そして遊びも学びのうちである。私の若い頃を振り返っても、自分の仕事と関係ない人たちと海外に行ったり、お酒を飲みながら語り合ったりしたことが、今の自分にとって貴重な経験となっている。時間に余裕があればコンサートなどに出かけることも、自分にとって生活の重要な部分となっている。

人生について、働くことについて、そして学ぶことについて、いろいろ考えるよい機会であるので、ぜひ『ライフシフト』を読まれることをお勧めしたい。長い人生をどう過ごすのかということは大変なことではあるが、人生が長くなればそれだけ可能性も広がるということを再認識してほしい。

Profile

伊藤 元重
Itoh Motoshige

1974年東京大学経済学部卒業。1979年米ロチェスター大学大学院経済博士号取得。専門は国際経済学。東京大学大学院教授を経て2016年4月より学習院大学国際社会科学部教授。6月より東京大学名誉教授。税制調査会委員、復興推進委員会委員長、経済財政諮問会議議員、社会保障制度改革推進会議委員、公正取引委員会独占禁止懇話会会長などの要職を務める。ビジネスの現場で、生きた経済を理論的観点を踏まえて鋭く解き明かす「ウォーキング・エコノミスト」として知られ、テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」などメディアでも活躍中。「入門経済学」「ゼミナール国際経済入門」「ビジネス・エコノミクス」「ゼミナール現代経済入門」など著書多数。