1974年東京大学経済学部卒業。1979年米ロチェスター大学大学院経済博士号取得。専門は国際経済学。東京大学大学院教授を経て2016年4月より学習院大学国際社会科学部教授。6月より東京大学名誉教授。税制調査会委員、復興推進委員会委員長、経済財政諮問会議議員、社会保障制度改革推進会議委員、公正取引委員会独占禁止懇話会会長などの要職を務める。ビジネスの現場で、生きた経済を理論的観点を踏まえて鋭く解き明かす「ウォーキング・エコノミスト」として知られ、テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」などメディアでも活躍中。「入門経済学」「ゼミナール国際経済入門」「ビジネス・エコノミクス」「ゼミナール現代経済入門」など著書多数。
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伊藤 元重東京大学名誉教授/学習院大学 国際社会科学部 教授
“ウォーキング・エコノミスト”が語る、
世界経済・日本経済のこれから
<第8回>2016.11.24
トランプ氏の大統領選勝利が株価・為替市場に及ぼす影響とは?
米国の新しい大統領にトランプ氏が選出された。異色の候補として、選挙戦中から様々な話題を集めた。多分当選しないだろうという予想が多数だったので、結果は世界中に驚きを持って受け止められた。
トランプ大統領が米国の政策、世界経済、そして日米関係に及ぼす影響については、まずは来年1月末の就任まで展開を見る必要がある。就任後も、大統領選挙戦で語った極端な発言をどこまで実行に移すのか、それともより現実路線にシフトしていくのか、今の段階ではあまりにも不確定性が大きい。当分はトランプ新政権に世界は振り回されることになるだろう。
選挙の開票前後、市場は大きく揺れた。前日まではクリントン候補優勢との報道もあって、株高と円安基調で動いていた。それが、トランプ氏優勢と伝えられ始めると為替レートは一気に円高方向に振れてしまい、株価もその日は900円以上も下がった。しかし翌日になると、為替は一転して円安に振れ、それにあわせて株価も急騰し始めたのだ。結局、翌日には選挙前より円安かつ株高となった。
こうした動きをどう捉えたらよいのだろうか。ある政治家は、トランプなら円高・株安と言ったエコノミストの発言は何だったのだろうかと皮肉っていた。エコノミストの評価はさておき、選挙直後の動きは市場の特徴を見事に示している。開票前から、市場関係者はトランプ氏が万が一勝ったら円高株安と言ってきた。トランプ大統領の就任は、政治経済を非常に不安定にする可能性があり、市場リスクも大きくなる。そこで市場はリスクを避けようとするリスクオフの状態となる。マネーは株から国債のような安全資産に逃げ、通貨でいえば円のような安全通貨に逃げようとする。その結果が、円高・株安となるのだ。
経済学者ケインズは、美人投票という表現でこうした市場の特徴を指摘している。「市場の多くの人がその方向に向かっていると考えるのなら、自分もそうした動きに乗るのがベストだ」というものだ。「トランプ勝利ならリスクオフ」と皆が考えれば、円高株安の方向に動くのだ。
ただ、こうした市場の条件反射とも言える動きは、1日で終結してしまった。冷静になって考えてみれば、トランプ氏が選挙期間中に発言した極端な政策を本当に実行するとはかぎらない。仮に実行するとしても、それは3カ月後の就任よりも後だろうし、政権の政策が動き出すまでの時間を考えればもっと後になるかもしれない。ここはじっくりと動きを観察する時期である。そういうことで、前日の大幅の下げは1日で解消してしまった。それだけでなく、トランプ大統領の共和党的な特徴、つまり景気刺激に積極的な姿勢に期待して株価や為替はさらに株高・円安(ドル高)の方に動いた。市場は非常に不安定になっているので、この先も不透明性が強い。
さて、当面注目されるのはトランプ大統領が、選挙期間中に発言した極端な政策をどこまで実行するのかということだ。一部には、そんな極端な政策は実行しないだろうという楽観論がある。だからこそ、当選後に株価が上昇したのだ。過去の大統領にしても、就任前に発言した極端な政策を撤回した人は少なくない。
たとえば、1976年に大統領に就任したジミー・カーター大統領は、選挙期間中に韓国からの米軍撤退を明言していた。アジアに米軍を投入したベトナム戦争の反省と、当時の韓国の独裁政権への批判があった。しかし、もし米軍が朝鮮半島から撤退したら、極東の安全保障のバランスが大きく崩れる。日本にも大きな影響が及ぶため、結局カーター大統領はこの政策を実行しなかった。
その後1980年に就任したロナルド・レーガン大統領は、2つの中国を認め、台湾(中華民国)と国交を回復すると明言した。しかし、これは2つの中国を認めない中華人民共和国と国交断絶という結果となる。大統領に就任してからは、この政策を実行することはなかった。
さて、トランプ大統領はどのように行動するのだろうか。大統領に就任し、トランプ氏がどんな政治姿勢を見せるのかがはっきりするまで、その動向から目が離せない。
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