1974年東京大学経済学部卒業。1979年米ロチェスター大学大学院経済博士号取得。専門は国際経済学。東京大学大学院教授を経て2016年4月より学習院大学国際社会科学部教授。6月より東京大学名誉教授。税制調査会委員、復興推進委員会委員長、経済財政諮問会議議員、社会保障制度改革推進会議委員、公正取引委員会独占禁止懇話会会長などの要職を務める。ビジネスの現場で、生きた経済を理論的観点を踏まえて鋭く解き明かす「ウォーキング・エコノミスト」として知られ、テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」などメディアでも活躍中。「入門経済学」「ゼミナール国際経済入門」「ビジネス・エコノミクス」「ゼミナール現代経済入門」など著書多数。
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伊藤 元重東京大学名誉教授/学習院大学 国際社会科学部 教授
“ウォーキング・エコノミスト”が語る、
世界経済・日本経済のこれから
<第6回>2016.10.12
なぜ、経済学を学ぶのか?
世界標準である経済学
私はより多くの若者に経済学を学んで欲しいと思っている。大学で提供されている専門的な経済学の教科書を丁寧に読まなくてもよいかもしれない。簡単な入門書でもよいので、経済学のロジックが理解できるような本を読んでほしいのだ。本を読まなくても、最近はいろいろな講演会が無料で提供されているので、そうした講演会に出ることでもよい。私も今度NTTドコモが運営しているgaccoというサイトで、10分×40回ぐらいのビジネス・エコノミクスの講座を開く。こうしたネットの素材を利用するのでもよいだろう。
経済学者だから経済学を学んでほしい、と考えるのは当たり前と言われるかもしれない。しかし、それだけではない。海外に留学したことがある人ならよく知っているだろうが、米国にいっても中国にいっても、大学で教えている経済学は、日本で教えられているものと同じだ。つまり、経済学については世界のどの国にいっても世界標準で教えられている。
これは、数学や物理学などの自然科学などでは、当然のことかもしれないが、政治学、社会学、人類学などの分野になるとそうでもない。それぞれの国の政治・社会・文化を背景にした学問となる傾向が強い。しかし、経済はグローバルであり、その考え方を教える経済学もグローバル標準が確立しているのだ。
コミュニケーション・ツール
これはコミュニケーションということで重要な意味を持つ。かりにあなたが22歳の大学生で大学で経済学の授業をとったとする。同じ22歳のアメリカ人の学生がアメリカの大学で同じような経済学を学んでいる。その2人が8年後の30歳のとき、どこかで仕事をいっしょにすることになったとしてみよう。同じ経済学を学んだ2人の間でのコミュニケーションはスムーズに行われるはずだ。
経済学は社会を見るための手法である。その結果、社会について語る素晴らしいコミュニケーション・ツールでもある。仕事で会話を交わすときでも、あるいは海外のマスコミの論調を知りたいときでも、経済学という同じ基礎があればそのコミュニケーションはスムーズに進むはずだ。相手の言うことをより正確に理解することができるだろうし、相手を説得することもできるようになるはずだ。
読書の重要性
ところで、最近の傾向で1つ気になることがある。それは、若い人たちが読書をしないということだ。本を読まなくてもネットに出ている情報に触れていれば、必要なことは何でも学べる。そう、うそぶいている人もいる。本当にそうだろうか。ネットの情報はもちろん、書店にならんでいるハウツー物の本も、1年もすればほとんど役に立たないと言っても過言ではない。
もちろん、ネットなどを通じて世の中の動きに常時関心をもつことは必要なことだろう。しかし、そうした情報はすぐに消滅するはかないものである。若い方にはとくに強調したいことだが、自分の骨や肉になるような思考をくりかえすことの重要性だ。読書はそうした目的のためにベストな方法だと思う。
読書は知識を増やすためのものであると考えている人が多いようだが、それだけだろうか。知識を増やすだけなら、ネット上の断片的な情報の方が効率的かもしれない。それどころか、いつでもどこでも検索ができる現代では、昔のような知識の蓄積は必要ないかもしれない。必要な時に、いつでも知識を引き出せるからだ。
読書の重要な役割は、自分の思考を深めることだ。将来出会うだろう様々な出来事に柔軟に対応できるための能力を蓄えるためのものである。若い人がこれから仕事や私生活で直面する様々な問題には、模範答案などがないものが多い。もちろんマニュアルもない。自分の頭で考えて判断する必要があるのだ。
経済学の話に戻ろう。読書の対象は、もちろん経済学に限定されるものではない。いろいろな分野の本を読むのがよいだろう。ただ、そうした中で、経済学の本の読書は欠かせないはずだ。社会に対する思考能力を高めるため、そしてグローバルなコミュニケーション能力を獲得するために。
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