1974年東京大学経済学部卒業。1979年米ロチェスター大学大学院経済博士号取得。専門は国際経済学。東京大学大学院教授を経て2016年4月より学習院大学国際社会科学部教授。6月より東京大学名誉教授。税制調査会委員、復興推進委員会委員長、経済財政諮問会議議員、社会保障制度改革推進会議委員、公正取引委員会独占禁止懇話会会長などの要職を務める。ビジネスの現場で、生きた経済を理論的観点を踏まえて鋭く解き明かす「ウォーキング・エコノミスト」として知られ、テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」などメディアでも活躍中。「入門経済学」「ゼミナール国際経済入門」「ビジネス・エコノミクス」「ゼミナール現代経済入門」など著書多数。
- Columns
- プロの視点
伊藤 元重東京大学名誉教授/学習院大学 国際社会科学部 教授
“ウォーキング・エコノミスト”が語る、
世界経済・日本経済のこれから
<第2回>2016.08.10
AIやIoTが変える社会
技術の停滞が招く先進国の低成長
この20年の間、社会はあまり大きく変化してこなかった。しかし、これからは違う。これが今回の論点である。
この点についてもう少し具体的に説明しよう。経済学者がよく使う指標にTFP(全要素生産性、total factor productivity)というものがある。経済成長率の中で、資本や労働の増加では説明できない部分である。技術革新や社会革新が生み出している成長部分を表していると考えられる。
米国経済では、1980年までの100年間、このTFPは非常に高い数値を維持していた。しかし、1980年以降は、TFPがずっと低い水準のままである。こうした技術革新の停滞を反映して、米国経済の潜在成長率も比較的低い水準で推移してきた。
1980年までの100年間は、インパクトの大きな技術が次々に出て、社会や産業を大きく変えてきた。自動車の普及、電気の利用、鉄道や航空機の進歩など、次々に重要な技術が出てきた。それが産業や都市の姿を変えていったのだ。
1980年以降は米国のTFPが目立った形で低迷している。これは、過去35年ほど、社会を大きく成長させるような本格的な技術革新が出てきていないということを意味する。この間にインターネットもパソコンもスマホも出てきているが、こうした技術は、「黄金の100年」とも呼ぶべきそれ以前の100年の間に出てきた技術ほどのインパクトはなかったということになる。
日本のTFPが大きく落ち込むようになったのは、 米国に遅れて約10年、1990年ころからである。このころ、日本はバブル崩壊を経験し、その後の金融危機とデフレと、厳しい時代が続いた。日本ではこれを失われた20年と呼んでいる。バブル崩壊以降のマクロ経済の動きが低成長の原因になったという解釈である。こうした見方がまったく間違っているとは言わないが、もうひとつの解釈は米国で起きたことが10年遅れて日本でも起きたとも解釈できる。もしそうだとしたら、この状態が今後も続き、10年後には失われた30年と言っているかもしれない。
技術革新に関心を持とう
ここで悲観的な見通しを述べようというつもりはない。ただ一言、技術が経済の長期的なトレンドを決める上で重要であることを強調したいだけだ。そして、これまでのトレンドを大きく変えるような本格的な技術革新が出始めている。いま、世界で起きつつある技術革新は、多くの人によってそのインパクトの大きさが指摘されている。第4次産業革命と呼ばれるように、産業や社会の姿を大きく変える可能性も指摘されている。
人工知能(AI)、IoT(物のインターネット)、ビッグデータ、ロボット、クラウドなどの進化のスピードは加速化しており、経済社会のすべてがそれによって大きく変わろうとしている。現実に、商業、物づくり、交通、エンターテイメント、金融、教育、労働市場、医療など、多くの分野で技術革新によって大きな変化が始まっているのだ。
若い人たちは、こうした技術を自然に受け入れるだけの能力と柔軟性を持っているはずだ。こうした変化を避けるのではなく、積極的にチャレンジするきっかけにしてほしい。優れた技術が社会を変えるかどうかも、結局のところは、人々がその技術を積極的に利用しようとするかどうかにかかっている。
10年後の世界がどうなっているのか見通すのが難しいほどに、技術革新のスピードは速い。先日、ある人工知能の専門家の方が、あと10年もすればほぼ完璧な翻訳システムが確立すると言っていた。私がマイクに向かってしゃべれば、ほかのスピーカーから英語や中国語で完璧な翻訳が出てくるというわけだ。本当にそうなるかどうかは分からない。ただ、それに近い状況になるとすれば、わたしたちの社会は大きく変わることになる。そもそも英会話の勉強が必要なのか、疑問さえ出てくる。海外の人とのコミュニケーションの姿も変わってくるだろう。ビジネスのグローバル化もさらに進展するだろう。
Profile
- 伊藤 元重
- Itoh Motoshige