1981年慶應大学法学部政治学科卒。85年からフルブライト奨学生としてスミス・カレッジ、ジョンズ・ホプキンズ大学院高等国際問題研究所に留学。87年慶應大学大学院経済学研究科博士課程終了後、明治生命保険国際投資部勤務。89年格付け機関ムーディーズへ転職。以降、リーマン・ブラザーズ、キダー・ピーボディにて債券調査・営業を担当。2001年SAIL,LLCをニューヨークに設立、ヘッジファンドを中心としたオルタナティブ投資に関して、日本の機関投資家向けにコンサルティング、情報提供を行う。2007年スイス大手プライベート・バンクUnion Bancaire Privee (UBP)東京支店、営業戦略取締役。2009年東京にてSAIL社の活動を再開。日米の金融、政治経済面で幅広い人脈を持ち、国際金融アナリストとして活躍中。
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大井 幸子国際金融アナリスト
ウォール街を知る国際金融アナリスト・大井幸子が語る、国際金融市場の仕組みと動向
<第9回>2017.01.25
人を助ける金融とは―貧困からの解放に向けて
これまで国際金融市場やヘッジファンドの動向などマクロ的なお話をしてきました。実際、金融が単なる金儲けではなく、人々を貧困から解放し、市民生活を改善するために役に立っているのでしょうか。今回は少し切り口を変えて、金融のグローバル化が新興市場の人々にどのような影響を与えているかを考えてみます。
私の手もとに『風をつかまえた少年』という黄色い本があります。アフリカのマラウイ共和国で生まれ育った少年、ウィリアム・カムクワンバ君(1987年生まれ)の実話です。家族と暮らすマシタラ村が飢饉に見舞われ中学校に進学できなくなったウィリアム君(当時14歳)は、村の図書館で出会った1冊の本で風力発電を知ります。そこで、ユーカリの木と自転車の部品、廃品を利用して独力で風車を製作し、村に初めて電気をもたらします。家族がラジオから流れてくる音楽を楽しむ様子を見て彼はさらに奮闘し、村に水をくみ上げるポンプを設置し12メートル以上の風車を二基作ります。これによって、干ばつによる飢饉から村が救われ、飲料水も確保できました。
マラウイ南部州の新聞デイリータイムズ紙が、この村に初めて電気をもたらした少年の物語を2006年に報じたところ、すぐにアフリカ中に広まりました。やがてTEDカンファレンスの責任者の目にとまり、2007年にタンザニアで開かれたTEDグローバルカンファレンスにウィリアム君は招待されました。片言の英語でスピーチした彼の物語は多くの感動を呼び、ウォール・ストリート・ジャーナルが世界に記事を配信しました。その結果、ウィリアム君は奨学金を得て2008年に南アのアフリカン・リーダーシップ・アカデミー(ALA)で学ぶことになりました。2010年、彼の物語はブライアン・ミーラー著『風をつかまえた少年』(The Boy Who Harnessed the Wind)となり、世界中の人々にインスピレーションを与えました。
名も無く貧困にあえぐ数十億人の中には「このような状況を変えたい」と奮闘する人々がいます。ウィリアム君のように、風車を本で読んで知り、「誰かが実際にこれを作ったならば、自分にも出来るはずだ」と具体的な行動に移す人々もいます。その場合、最初の小さな成功までには大変な苦労があります。
ウィリアム君の場合も、家業のトウモロコシ畑を手伝いながら暇を見ては村のゴミ捨て場で廃品を漁る彼を、村の人々は不審な目で見つめ、母親や家族までもが「あの子は頭がおかしくなった」と噂したそうです。しかし、風力発電で電球の明かりが村にともると、村人は驚愕し熱狂したのです。
グローバル化の時代、こうした志や勇気を応援する人々は世界中にいます。そのネットワークにたどり着けば、ウィリアム君のように自分の運命を大きく変えることもできます。これこそ、グローバル化がもたらす大きな希望といえるでしょう。
国際金融とは全く別の次元において、より有効に地域の人々の自立のためにリスクマネーを回す仕組みがあります。グラミン銀行(Grameen Bank)はこうしたマイクロファイナンスで有名です。私は1999年にニューヨーク市のカーネギー財団主催の朝食会で初めてグラミン銀行創設者、ムハマド・ユヌス博士(Professor Muhammad Yunus)の講演を聴きました。
博士は、こう語りました。「1976年のことでした。私は米国で経済学博士号を取得し、母国のバングラデシュに戻り近代経済学を教えていました。しかし、大学のキャンパスの外に一歩踏み出すと、そこには貧困がありました。経済学者としての自分の無力さを感じながら村を歩いていると、竹で椅子を編んでいる女性がいました。とてもきれいな椅子なのでいくらかと尋ねると22セントだと言います。しかし、よく聞いてみると原料の竹を買うために彼女は商人から20セントを前借りしなければなりません。商人は22セントで椅子を買い付けるので、彼女の手元には2セントしか残らないのです。これでは彼女は貧困から抜け出せない。永遠に商人の奴隷として働くしかないのです。
そこで、私は再びこの女性を尋ね、20セントを渡し、これで原料の竹を買い出来上がった椅子は一番高い値段で買ってくれる人に売りなさい儲けはあなたのものですと言いました。彼女は驚いて、お金を借りるなんてとんでもない、私には返すお金がないのですからと断りました。私は、すぐに返す必要はないですよ、お金が出来たら返してくれればいいのですと言って、半ば強引に20セントを渡したのです。しばらくして彼女は借りた20セントに利子をつけて返しに来てくれました。」
こうして博士は、前貸し商人から村の生産者を解放し、女性たちの自立を助けるために少額無担保融資を行うグラミン銀行の活動を開始したのです。博士は2006年にノーベル平和賞を受賞しました。グラミン銀行の借り手の97%が女性で、彼女たちが銀行の総資産の90%を所有しています。博士が作り上げたのは、女性たちの「信頼」を基盤にリスクマネーが動くシステムとネットワークでした。今やグラミン銀行の取り組みは世界に広がっています。
このように、絶対的貧困からの解放のために金融サービス業はおおいに役立つのです。貧困層をターゲットとする、マイクロファイナンス(※1)やBOPビジネス(※2)はその例です。「利益の最大化ではなく社会的貢献を目的とするビジネスは、世界の人権問題の解決、民主主義の確立、平和の達成に大きく役立つ」というユヌス博士の主張どおり、良き志を持ったお金が世界に循環することで、より多くの人々が希望をもって生活できるようになります。
「経済」の語源は「経世済民;世を経(おさ)め、民を救う」ですが、経済のバックボーンにある金融もまた、民を救うために資金を融通し合う「信用」ネットワークこそが本来の姿ではないかと思います。
※2 BOP(Base of the economic pyramid)ビジネスとは、主に発展途上国の収入の低い貧困層をターゲットとしたビジネスモデルです。BOPビジネスの特徴は「ビジネス(営利活動)と社会課題の解決の両方を目指す」という点にあり、BOPビジネスを通じて、企業は、自らの利益や新たな市場開拓を追及しつつ、それと同時に発展途上国の現地における様々な課題解決に貢献していきます。
Profile
- 大井 幸子
- Sachiko Ohi