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プロの視点

大井 幸子国際金融アナリスト

ウォール街を知る国際金融アナリスト・大井幸子が語る、国際金融市場の仕組みと動向

<第1回>2016.09.21
金融とは、金融市場とは、国際金融市場とは



2008年9月のリーマンショックから8年が経過しました。私は1991年からニューヨークのリーマン・ブラザーズ本社の債券調査部で働いた経験がありますが、多くの金融関係者同様、まさか、リーマンが破たんするとは思いませんでした。リーマン破たんは国際金融市場に信用逼迫(ひっぱく)を引き起こし、世界は金融危機の崖っぷちに立たされました。

大恐慌を引き起こさないよう、先進国の中央銀行はこぞって量的・質的緩和策を実施し、金融市場はFRBを中心に、中央銀行総裁の判断や一挙一動に神経を尖らせる「中央銀行相場」となりました。同時に、各国政府は公共工事や失業対策など多くの財政刺激策を実施してきました。大きな金融危機に際しては一時的に国家の力が市場を覆い、国家資本主義の様相を呈しますが、これだけ長い期間カンフル剤を打っても、日米欧そろって期待通りの経済成長を達成していません。

日本でも数年前から経産省以下、各省でこぞって官民ファンドを立ち上げましたが、果たしてどのような成果が出ているのでしょうか。これだけ財政赤字を増やしながら、なぜ、アベノミクス第三の矢『成長戦略』が的に当たらないのか、経済の実体が好転していかないのか。なぜ、有効的な資金循環が起こらないのか。

そもそも、金融の役割とは何か。金融とは文字通り、お金のあるところから必要としているところへ融通し合うシステムです。民間部門では、お金を必要としているところに回し効率的にお金に働いてもらう仕組みがあります。例えば、企業が成長していく過程では常に資金が必要です。新製品の開発費、新規雇用、設備投資など、先立つものはお金です。企業のお金のやりくりでは、どのように効率的に資金調達するかが重要で企業金融のキーポイントです。

資金調達の方法は主に三つあります。第一に銀行借り入れで、銀行からみれば融資です。次に企業が直接市場から調達する方法が二つあり、一つは株式の発行、もう一つは債券の発行です。債券は借り入れと同じく負債であり、償還期には返済しなければならないお金です。

一方、株式は返済しなくてよい資金です。株式こそがリスクマネーであり、「資本」です。日本語で「リスク」といえば「危ない」、「投資」といえば文字通り「資金を投げる」のですから投げ銭のような感覚ですね。お金は行ったきり戻って来ないというイメージがあります。これは大きな誤解です。



私の尊敬する経済史学者、大塚久雄氏はマックス・ウェーバーの研究者でありますが、最初の著作『株式会社発生史論』(1938年)では、株式がいかに近代的な概念であり、近代資本主義の本質であるかを説明しています。

資本とはリスクを分かち合い、リスクに見合った正当なリターンを受け取る金融の本質です。このシステムがなければ、新しい事業を起こし、発展させることはできません。新規事業には必ずリスクが伴います。もし、前例に従いリスクのないことだけを繰り返すならば、それは伝統主義でありウェーバーの言う「永遠の昨日」の世界に閉じこもることになります。敢えて未知の世界を切り開くときに、リスクなしには新たな収益を得ることはできません。

大航海時代にオランダや英国が東インド会社をつくり未知の世界に船出した際、多くの船主がリスクを分かち合い、またリスクをヘッジする手法(保険の仕組み)を編み出してきました。そこには「計算されたリスク」という概念があります。今やリスクは統計的・数量的に処理された数値によって示されますが、リスクを最小化することでリターンを取りにいくという試みを科学的・確率論的枠組みで理論付けたものです。ですから、リスクを取るスリルを味わう投機やギャンブルと異なり、投資はあくまでもリスクをあらかじめ計算し最小化するゲームなのです。

もしあなたがある企業の株式を購入すれば、あなたの投資はその企業の資本(Equity)となります。企業は資本(Capital)を有効に活用して収益を目指します。このようにリスクマネーが循環することで実体経済が動くのです。一方、公的部門では株式会社はありません。公務員が管理し競争が乏しい分、民間のように効率的に収益を上げていく仕組みがつくりにくく、ムダ、ムリが多いのです。

このように、金融市場とは実体経済を支える「国家の屋台骨」です。金融システムは人体の骨格のようなもので、リスクマネーが血液のようにあらゆる臓器に必要な養分を供給し、循環を促します。循環とは流動性であり、リーマンショックのような金融危機の際には信用逼迫が起こり血流が滞ってしまいます。経済は低体温のようになって活力を失い、国民経済は弱り国力が低下します。

このように、本来金融市場は縁の下の力持ちとして企業を助け、国を助け、市民生活を支えます。そしてグローバル化の時代、国民経済は世界と緊密につながり国際金融市場を形づくります。その資本市場の根本にあるのが「Risk money = Equity = Capital」です。資本主義には、ビジネスを起こしリスクを取る自由、「計算されたリスク」を取るプレーヤー(市場関係者)が競争できる環境が必要です。

Profile

大井 幸子
Sachiko Ohi

1981年慶應大学法学部政治学科卒。85年からフルブライト奨学生としてスミス・カレッジ、ジョンズ・ホプキンズ大学院高等国際問題研究所に留学。87年慶應大学大学院経済学研究科博士課程終了後、明治生命保険国際投資部勤務。89年格付け機関ムーディーズへ転職。以降、リーマン・ブラザーズ、キダー・ピーボディにて債券調査・営業を担当。2001年SAIL,LLCをニューヨークに設立、ヘッジファンドを中心としたオルタナティブ投資に関して、日本の機関投資家向けにコンサルティング、情報提供を行う。2007年スイス大手プライベート・バンクUnion Bancaire Privee (UBP)東京支店、営業戦略取締役。2009年東京にてSAIL社の活動を再開。日米の金融、政治経済面で幅広い人脈を持ち、国際金融アナリストとして活躍中。