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プロの視点

大井 幸子国際金融アナリスト

ウォール街を知る国際金融アナリスト・大井幸子が語る、国際金融市場の仕組みと動向

<第8回>2017.01.11
政治力を強めるヘッジファンド



申年は「相場が荒れる」と言われています。2016年(申年)には、6月23日に決定した英国のEU離脱と、11月8日の米国大統領選挙でのトランプ勝利という、想定外のショックがありました。相場はショックで短期的には落ち込みましたが、その後2度とも反発し回復してきました。しかし、金融市場は依然大きな不安要因を抱えています。今後、米国政治の体制や枠組みが大きく変わり、国際金融市場にもヘッジファンドや大物投資家が大きな影響力を及ぼすようになっていくと予想できるからです。

トランプ次期政権で国際金融に関わる重要なポストには多くのヘッジファンド経験者が就任する予定です。まず財務長官就任予定のスティーブン・ムニューチン氏は、ゴールドマンサックスで債券トレーダーとして頭角を現し、その後2002年にジョージ・ソロス氏の立ち上げたクレジット・ファンドを運用し、04年にはソロス氏から出資を受け、ヘッジファンド「デューン・キャピタル・マネジメント」を立ち上げました。そして、大統領選挙中は全国資金調達責任者としてトランプ勝利に貢献しました。

商務長官に就任予定のウィルバー・ロス氏は、日本でも旧幸福銀行の買収・再建に関わった経験がある知日派です。長年レバレッジド・バイアウトファンドを運用し、大きな成功をおさめてきました。こうした閣僚に加え、大手ヘッジファンドのサーベラス・キャピタルCEOスティーブン・ファインバーグ氏、物言う大物投資家カール・アイカーン氏はトランプ氏のアドバイザーです。

アイカーン氏といえば、11月8日の米大統領選挙でまさかのトランプ勝利が決まったその夜、米国株先物市場でダウが800ポイントも急落していたのを見ると、彼はトランプ氏の祝賀パーティーを一足先に抜け出し会社に戻り、10億ドルもの株の買い注文を出しました。その翌日の明け方にかけて、アイカーン氏と同じようにグローバルマクロ戦略の大手ヘッジファンドも午前4時まで買い注文を出していました。そして、彼らのファンドは市場が開くと株価上昇で大きな利益を上げました。このヘッジファンドの初動に乗じて多くの投資家が買い進みました。ここから「トランプ・ラリー」が始まったのです。

このように、長年の投資で成功してきた国際金融の実力者たち、特にディストレスト債権の回収、証券化債券、デッド・リストラクチャリング、ターンアラウンド・再生といった専門分野を知るプロ中のプロたちがトランプ氏を支え、国家戦略を担うことになるのです。

これは何を意味するのか。トランプ次期政権が狙うのは、これまでの負債の回収と同時にオルタナティブ投資など直接金融において規制緩和を実施し、新たなインフラ整備や新規事業投資への喚起であり、ウォール街と一体となって「アメリカを再び偉大な国家にする」というトランプ氏の公約であります。まさに、中央政府支出を抑制し民需主導へ舵を切る「トランプ革命」の実現に向けて、先頭に立つのがこうした歴戦錬磨の金融のプロたちなのです。

本連載にて、米国における直接金融の発展や、ヘッジファンドやプライベート・エクイティ・ファンドが金融のエスタブリッシュメントとして台頭してくる発展過程、また、政府系ファンド(Sovereign Wealth Fund;SWF)を筆頭に機関投資家がオルタナティブ投資家として台頭してくる発展過程についてもふれてきました。

さらに2008年のリーマンショック後は、中央銀行の超緩和策と財政拡大によって、先進諸国では国家金融資本主義の様相を呈してきました。様々な環境下で生き残り、その度毎に巨大化していったヘッジファンドは、政権の内部で影響力を高めてきました。そして今や、トランプ氏の経済金融顧問団にはキラ星のようなトップ・マネジャーが名を連ね、団結して米国第一主義の金融政策を実施するとき、まさに米国が巨漢ヘッジファンドになっていくように思えるのです。



かつて、ビル・クリントン大統領時代にゴールドマンサックス出身のルービン氏が財務長官に就任し、その後も同じゴールドマン出身のヘンリー・ポールソン氏がジョージ・W・ブッシュ政権下の財務長官に就任しました。投資銀行そのものが政商となったように感じたものです。そして、トランプ政権からはヘッジファンドやプライベート・エクイティファンドのトップ・マネジャーたちが、財務、金融政策、通商貿易政策を総合的に実施することになります。

また、金融エスタブリッシュメントのキャリアにおいて、本連載第3回では「リボルビングドア(回転ドア)」のキャリアアップにもふれましたが、トランプ陣営では「回転」するどころか民間から集団で「ヨコすべり(平行移動)」に政権入りします。次期政権がウォール街と結託し、さらに強固な軍産複合体に向かう強烈な気合いを感じます。

米国と比べて、日本では日銀が量的・質的緩和、マイナス金利に加えてイールドカーブコントロールを実施し、政府が官民ファンドを運用するという「官制経済・金融体制」が強固になる一方です。リーマンショック後、ますます「市場性」が失われて行く日本にとって、トランプ軍産業・金融複合体にどのように対処していくのか。今後の日米関係に着目したいですね。


Profile

大井 幸子
Sachiko Ohi

1981年慶應大学法学部政治学科卒。85年からフルブライト奨学生としてスミス・カレッジ、ジョンズ・ホプキンズ大学院高等国際問題研究所に留学。87年慶應大学大学院経済学研究科博士課程終了後、明治生命保険国際投資部勤務。89年格付け機関ムーディーズへ転職。以降、リーマン・ブラザーズ、キダー・ピーボディにて債券調査・営業を担当。2001年SAIL,LLCをニューヨークに設立、ヘッジファンドを中心としたオルタナティブ投資に関して、日本の機関投資家向けにコンサルティング、情報提供を行う。2007年スイス大手プライベート・バンクUnion Bancaire Privee (UBP)東京支店、営業戦略取締役。2009年東京にてSAIL社の活動を再開。日米の金融、政治経済面で幅広い人脈を持ち、国際金融アナリストとして活躍中。