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プロの視点

大井 幸子国際金融アナリスト

ウォール街を知る国際金融アナリスト・大井幸子が語る、国際金融市場の仕組みと動向

<第3回>2016.10.19
金融業界で成功するには



金融業界で成功する要件とは?その前に、具体的にはどのようなキャリアが成功と見なされるのでしょうか。(1) ジョージ・ソロス(※1)のようにヘッジファンドを作り、トップトレーダーになる。(2)大手有名投資銀行のCEOになる。(3) FRBや財務省など国家の経済金融政策トップの座に就く。収入面では(1)(2)(3)の順に大きいですが、国家的社会的地位としては(3)(2)(1)の順に偉いとみなされます。

米国では「リボルビング・ドア(回転ドア)」という産官学を渡り歩くスーパー・エリートのキャリアパスがあります。(1)(2)(3)のキャリアを実際に渡り歩いたのが、ロバート・ルービン(※2)です。

ロバート・ルービンはゴールドマンサックス社の為替トレーディングで天才アービトラージャーとして大きな収益を上げ、入社5年でパートナーの地位に就き、1990年には共同会長に就任しました(当時のゴールドマンは株式会社ではなくパートナーシップ制でした)。そして95年に財務長官に就任し、クリントン政権でグリーンスパンFRB議長と黄金のコンビを組み、IT革命にともない、米国の好景気に貢献しました。

もちろん、「成功」の定義は人によって異なりますし、その人にとっての向き不向きもあります。収入面から見れば、太く短く稼ぎたい人は、ハイリスク・ハイリターン型のフロント業向きです。

多くの職種と同様、金融業の業務にもフロント、ミドル、バックがあります。フロントとは収益の中核に位置するポジションで、投資銀行業務であればM&Aを仕掛けるディールメーカー、ヘッジファンドであればトップトレーダーでしょう。成功報酬でガッポリ稼げるが、収益が上がらなければ即退場(クビ)になります。

フロントとは対照的に、地味だが重要なバックオフィスがあります。ディールの決済(セトルメント)などフロントのサポート業務を行います。フロントとバックの中間にミドルがあり、リスクマネジメントやリサーチなどディールメイキングに必要なサポートを行います。収入面でみれば、ミドルはミドルリスク・ミドルリターン、バックはローリスク・ローリターンです。


投資銀行のような大きな組織では、フロント(稼ぎ手)が一番偉くて、トレーダーは絶大です。私がかつていたトレーディングフロアでは、モーゲージ証券のトップトレーダーのマイケル・ビラヌス(後にヘッジファンドになった)が「Bid、Offer」と大声でわめき、ピザを食い散らかし、大きな素手でゴキブリを潰し、フロアを徘徊する姿はまさに「アニマル」のようでした。もっとも彼はハーバード大学で数学を専攻し、極めて頭脳明晰でした。

こうしたフロント業の特徴は、収益が個人の能力を超えるマーケット・サイクルに影響される点にあります。バブル生成期には大きく稼げますが、バブル破たんでは収益が吹き飛ぶのと同時に一掃されてしまう。いくつものサイクルを生き延びることは大変難しく、投資銀行では給与の高い人からクビになることも多い。これに比べれば、バックオフィスは会社が潰れない限り、ポジションはある程度は安定しています。細く長くキャリアを持続させたい人向きでしょう。



さて、フロントで収益を上げ、組織を儲けさせ、その勢いでトップに座に就くといった成功物語を実現したのがディック・フルド(※3)です。彼はリーマン・ブラザーズの債券部門のトレーディングで稼ぎ、ライバルを蹴落としてCEOまで上り詰めました。ですが、彼はリーマンショックの戦犯となり、華麗なキャリアは金融史最大の危機で終わりました。彼は回転ドアの向こうにあるさらなる高みには行けずに終わりました。

私はトレーダー時代の彼を見て知っていますが、おそらく、組織の経営者としての才能には恵まれなかったのではないかと思います。

私は25年近く、ウォール街で多くの投資銀行やヘッジファンドの栄枯盛衰を見て来ましたが、金融業界で「成功」するには、最低限、以下の能力が必要であると確信しています。まず、数字に強いこと。統計学の基本は必須です。それから、集中力、突破力、直感力がずば抜けていること。冷静でストレスや孤独に強いこと。こうした要素を並べると、いかにも「アニマル・スピリット」に満ちた強気の人物像が浮かび上がってきます。加えて、日本人であれば英語力は当然必須、出来て当たり前です。

しかし、これらは必要条件であり、十分条件ではありません。CEOや財務長官などさらにビッグポジションでオーラを発揮するには、その人なりの知性やマナー、人間性といった「カリスマ性」が備わらなければなりません。カリスマこそが最大の支配力・影響力の源泉です。これに傷がつくと、女性蔑視発言でハーバード大学学長の地位を追われたラリー・サマーズ元財務長官のように、天才と賞賛されながらも世の尊敬と権威を失うことになります。

「企業は人なり」というように「金融も人なり」です。行き着くところは、人間として正直である、品性が備わっているといった基本的価値、「信用」の問題となります。

※1 ジョージ・ソロス(George Soros)は米国の投資家。ジム・ロジャーズと共にクォンタム・ファンドを設立。同ファンドは、10年で3,365%のリターンを得て、世界的に知られるようになる。

※2 ロバート・エドワード・ルービン(Robert Edward Rubin)は、米国の銀行家・財政家。ゴールドマン・サックス共同会長、国家経済会議(NEC)委員長、財務長官、シティグループ経営執行委員会長を歴任した。

※3 ディック・フルド(Richard “Dick” S. Fuld Jr.)は、リーマン・ブラザーズ・ホールディングズとリーマン・ブラザーズのCEOおよび会長。

Profile

大井 幸子
Sachiko Ohi

1981年慶應大学法学部政治学科卒。85年からフルブライト奨学生としてスミス・カレッジ、ジョンズ・ホプキンズ大学院高等国際問題研究所に留学。87年慶應大学大学院経済学研究科博士課程終了後、明治生命保険国際投資部勤務。89年格付け機関ムーディーズへ転職。以降、リーマン・ブラザーズ、キダー・ピーボディにて債券調査・営業を担当。2001年SAIL,LLCをニューヨークに設立、ヘッジファンドを中心としたオルタナティブ投資に関して、日本の機関投資家向けにコンサルティング、情報提供を行う。2007年スイス大手プライベート・バンクUnion Bancaire Privee (UBP)東京支店、営業戦略取締役。2009年東京にてSAIL社の活動を再開。日米の金融、政治経済面で幅広い人脈を持ち、国際金融アナリストとして活躍中。