1977年早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、旧第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。梅田・芝支店の後、本部企画、人事関係、高田馬場、築地各支店長を経て2003年3月に退行。1997年「第一勧銀総会屋事件」に遭遇し、広報部次長として混乱収拾に尽力。銀行員としての傍ら、2002年「非情銀行」で小説家デビュー。退行後、作家として本格的に活動。「失格社員」(新潮社)はベストセラーに。最新刊は「病巣 巨大電機産業が消滅する日」(朝日新聞出版)。フジテレビ「Mr.サンデー」などにも出演中。
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江上 剛作家・コメンテーター
金融ビジネスを知り尽くす元・銀行マン作家が語る、超一流のビジネスパーソン論
<第6回>2016.11.16
作家・江上剛として、金融業界を目指す人に贈る“ことば”
僕が行員として日々の業務に邁進していた頃は、将来自分が作家になるとはまったく考えていませんでしたし、ましてやテレビに出ることなんて想像すらしていませんでした。人生は思い通りにいかないことが多い半面、予想外の展開になることも多々あります。それもまた人生の面白さなのでしょう。今回は、これから金融業界を目指す皆さん、またビジネスパーソンとして長い道のりを歩む皆さんが、思い通りにいかなかったときに役立つ“ことば”についてお話しします。心が折れそうになった時、困難に直面した時に、自分や周囲の状況を冷静に見つめなおすきっかけにしてもらえればいいですね。
人間関係に悩んだ時、壁にぶつかった時は
金融業界や銀行を志望している方はとても成績優秀な方が多いのですが、「学校の成績が優秀=社会でも上手くいく」という方程式がすべての人に当てはまるかというと、決してそんなことはありません。
社会人になってからは、予期せぬ出会いがきっかけで人生の大きな転機を迎えることも起こり得ますが半面、納得いかない、我慢できない、こんなはずじゃなかったと思うことだってたくさんあります。銀行みたいな組織に入ると、正当に評価されないことへの不満で心が折れそうになることだってあります。その結果、せっかく就職できたのに志半ばで退職を決断するような事態に陥ることが、いつ自分の身にふりかかるかもしれないのです。
人生はとても長いもの。一時の辛苦に心砕かれていては身がもちませんね。プレッシャーや人間関係での軋轢を感じた時に、ぜひ心の拠り所としてほしいのが、「論語」のこんな“ことば”です。
人不知而不慍 不亦君子乎 【論語】
(人知らずしてうらみず、また君子ならずや)
理想を求めながらも挫折と漂泊の生涯を送った孔子の言葉を記録した「論語」にこの一節があります。意味としては、「他人が自分を知らないからといって恨みに思わず、自分が考えていることを一生懸命やればいいんだ。それが君子(徳が高く品位のある人格者)というものだよ」といったところでしょうか。この一節を僕なりに解釈し、銀行を志望する人へのメッセージに置き換えてみましょう。
まず「人知らずしてうらみず」の部分は、「銀行は転勤が多いし、上司もよく替わる。人の入れ替わりが早い職場なので、ソリの合わない上司がいたり、同僚が先に出世したとしても、気にしてもしょうがない」くらいでしょうか。要は、目の前の不平や不満に一喜一憂するなということです。「また君子ならずや」の部分は、努力を怠らなければ、きっと自分を正当に評価してくれる人との出会いがある」ととらえることができますね。もう一つ紹介しましょう。
跂者不立。跨者不行。【老子】
(跂(つまだ)つ者は立たず、跨(また)ぐ者は行かず)
春秋戦国時代の諸子百家の代表的思想家である老子が著した一節です。意味としては「背伸びをしようとして、爪先立ちをしている者は長く立っていられない。早く歩こうと大股で歩く者も、その状態で長くは歩いていられない」となります。
こちらも僕流に解釈してみましょう。「同期を出し抜きたい、出世したい……と焦るあまり、自分を大きく見せるような言動をする人は、心根の小さな存在でしかない。周囲の人間からすれば、偽りの正体はすぐに露見するもの。無理に背伸びをせず、自然体でいれば、自分をきっと認めてくれる人が現れる」といったところでしょうか。
社会的責任を担う「金融業界」をしょって立つために
僕が今回、自分流に解釈した偉人の教えを紹介したわけは、僕自身がこれまでの人生の中で、さまざまな事情によって誤った決断を下すことになってしまった、また、ならざるをえなかった人を数多く見てきた経験に基づきます。
「焦っていいことはない」とよく言われますが、事を急ぎ、誤った決断を下すことで、長い時間をかけて積み重ねたものを台無しにしてしまうのは非常にもったいないこと。プレッシャーや人間関係における軋轢、壁にぶつかった時に、みなさんには誤った判断を導いてほしくないのです。
紀元前に生きた思想家である孔子と老子の言葉は、現代人である我々にいろいろなことを示唆してくれていますが、「人」としての基本、望ましき姿は、紀元前も現代も変わらないようですね。社会に出て働くようになると、さまざまな環境や人間関係の変化で浮足立つこともあるでしょう。そんなときに、いち早く自分の足元を見つめなおし、気持ちをリセットするには、こうした“ことば”を思い出すのは効果的だと思います。今回ご紹介した以外にも、自分なりの「迷いそうになったときに思い出す“ことば”」を決めておくのもいいかもしれませんね。
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