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プロの視点

夏野 剛慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科特別招聘教授

ニッポンのITビジネス牽引者に聞く
フィンテック(FinTech)のリアルとゆくえ

<第6回>2016.09.14
これからの金融業界を生き抜くために

10年前の常識が今の非常識

急速な時代の移り変わりに対応するため、金融業界は大きな変革期を迎えています。最新のテクノロジーを取り込んでいく流れは、今後も拡大していくでしょう。その一方で、印鑑、通帳、手書きの書類や繁雑な申し込み方法など、繁雑な手続きも多く残っています。

これらの繁雑な手続きは、今あるテクノロジーを使えば簡単に変えられるというのも事実です。フィンテックという世の中の流れを受けて、金融業界が意識を改革せざるを得ないという状況になっています。これまでは自国の景気回復に注力し、ITへの投資の余裕がなかったり、業界自体が新しい技術を取り入れることに消極的だった金融業界ですが、いよいよ変わらなければ、退化していくだけ。そんな段階にまできているとも言えるでしょう。

新しいイノベーションが出たとき、どう考えるかが問題

今、私が注目しているフィンテックベンチャーとしては、2011年に英国で設立された国際送金サービス企業「トランスファーワイズ(TransferWise)」があります。その事業は、例えば日本からイギリスに1,000ポンド送金したい人と、イギリスから日本へ1,000ポンド送金したい人同士をマッチングさせるといったもの。銀行を介在して行う高額な手数料の国際送金に風穴を開けるもので、それぞれの自国で決済し、ユーザーの手数料負担をこれまでの十分の一程度に引き下げることを実現させたのです。世界4カ国に拠点を置く「トランスファーワイズ」の評価額は、今や約10億ドルだと言われています。

このような新興勢力が出てくると、銀行の海外送金の需要が今後大幅に減ってくると予測されます。銀行側も、もっと簡単な送金システムを導入しなければ、仕事にならない事態になるでしょう。現在、銀行側で重要になってきているのが、新しいサービスに対してどういうアイデアで対抗していくかという視点です。若い皆さんの新しいアイデアや知恵が必要になってくるでしょう。

例えば、シリコンバレーで新しいことが起こったとき、それを自分には関係ないことだと思わず、「もし自分がそれに対抗する金融業界の人間だったら何をするだろう?」といったことを、常に考えているような人こそが、これからの金融業界で求められるでしょう。シリコンバレーのベンチャーから大手メガバンクまで、テクノロジーを使って何か新しいことをやろうというムードが高まってきている中で、業界全体でイノベーティブな変革を遂げうる人材を求め始めています。

イノベーションのチャンスは「気づき」にこそある

イノベーションやクリエイティビティというのは決して大変なことではありません。「これ、おかしいなぁ」とか、「こうだったら、もっといいのになぁ」といった問題意識がきっかけとなり、イノベーションへとつながるのです。だからこそ私は普段から学生に対して、そういう気持ちを抑えるな、単なる気づきや思いつきを抑えるなと、言っています。そんな気持ちが芽生えたとき、次にすることは「もっとよくするには、どうするか」「解決するためにはどうすればいいか」を考えること。自分だったらどうするかをつきつめて考えていく過程でソリューションが生まれ、それがイノベーションへと昇華していくのです。

常に対価を支払う人の立場に立って徹底的に考えよう

新しいイノベーションが発想されたとき、1つ忘れてはならないことがあります。それは、常に対価を支払う人の立場に立って考えるというスタンスです。自分がユーザーの立場になってシミュレーションしてみることで、その発想がビジネスとなる価値があるか否かの判別ができるでしょう。大企業の新規事業やベンチャーの失敗の多くは、供給側にのみ立って考えがちな、狭い視点から生まれます。それを改め、「あると便利なサービスがないのであれば、そのサービスをつくる」といったように、常にユーザーの視点で考えることを自覚していくだけで、驚くほどの気づきとチャンスに恵まれるでしょう。

実際に社会に出ると、皆さんが提案するイノベーションに対して「NO」と言う上司や経営者に遭遇することは、しばしばあることです。そんな壁にぶち当たったときは、自分が所属している会社の名前や部署ではなく、自分が提案したこと、自分がやっている仕事に対して誇りを持っていれば、必ず道は開かれると私は考えます。

会社組織の中で新しいサービスの立ち上げに奮闘するのもいいし、独立して今までないサービスを提供する起業家になってもいいでしょう。今や台頭するベンチャーの顔触れを見渡してみると、フィンテックかAIかという活況を呈しています。これから上場する企業の予備軍の中でも、フィンテック関連のスタートアップ企業が多数を占めているのです。日々進化するテクノロジーによって、金融業界において今までできなかったことが可能になる、新しい時代がすぐ目の前にきています。その大きな変革の中で生まれるビジネスチャンスを、皆さんにつかんでもらいたいと思っています。


Profile

夏野 剛
Takeshi Natsuno

1988年早稲田大学政治経済学部卒業後、東京ガスに入社。1995年ペンシルベニア大学経営大学院卒。ベンチャー企業を経て、NTTドコモへ。「iモード」「おサイフケータイ」などのサービスを立ち上げ、在職中にビジネスウィーク誌にて世界のeビジネスリーダー25人の一人に選出。2009年から2013年まではHTMLの標準化団体「World Wide Web Consortium」の顧問会議委員も務める。現在は慶應義塾大学の特別招聘教授のほか、グリーなどの取締役を兼任。著書「ケータイの未来」、「脱ガラパゴスの思考法」、「『当たり前』の戦略思考」など多数。
twitter:@tnatsu
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