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プロの視点

夏野 剛慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科特別招聘教授

ニッポンのITビジネス牽引者に聞く
フィンテック(FinTech)のリアルとゆくえ

<第5回>2016.08.31
ビットコイン、クラウドファンディング、AIなど IT業界発・金融イノベーションの現状

どの国でも使えるユニバーサル通貨「ビットコイン」

ITが新しい金融サービスを生み出し始めて、今まで実現できなかったことが実現されてきています。このことが今、フィンテック(FinTech)という名で呼ばれているのはこれまでもお話ししてきた通りですが、さまざまなフィンテックの中からまずは「ビットコイン」についてお話ししていきましょう。

ビットコインとは、政府や銀行を介さず、ピア・ツー・ピア技術(ネットワーク上で対等な関係にある端末間を相互に直接接続する方式)を用いて運営されている仮想通貨のことです。

インターネット上におけるお金とも言え、どの国でも同じように使える「ユニバーサル通貨」として生まれたものです。

基本的に通貨というものは、その国の政府が運営するものですが、政府ではなく、ビットコインユーザーたちとソフトウェア開発者によって管理されている通貨ということが、ビットコインの特徴です。その信頼性を支えているのは、計算が非常に複雑でデータの改ざんがほぼ不可能と言われる「ブロックチェーン」というデータベースの技術です。

ビットコインは、日本やアメリカなどの通貨の一定の安定が保証されている先進国にとっては、「何か新しい通貨っぽいものが出てきた」程度の関心にとどまっています。ですが、世界を見渡せば通貨が安定している国のほうが少なく、そうした国は総じて通貨が不安定な発展途上国であり、その場合、銀行を介さないビットコインの取引のほうが公平性・安全性が保たれるケースがあります。また、個人間(企業間)での直接取引においては、銀行送金と違って手数料が無料か格安で取引できるのもメリットの1つです。

中国では、ビットコインと人民元どちらを信用するかというほど、ビットコインがある一定の地位を認められています。これがさらにアフリカなど通貨が不安定な地域ですと、国が発行する通貨よりもビットコインのほうが信用されている国があるのです。このようにビットコインは、利用するユーザーや開発者によって公平性、安全性、流通量をビットコインのネットワークで調整して通貨の安定性を目指すというフィンテックと言えるでしょう。

一方でビットコインにも問題はあります。例えば、深刻な通貨危機になったとき、ビットコインは政府・銀行からの保証がないため、その価値や信頼性はどうなるのか。ビットコインが安定性を増すのか、一緒に不安定に陥るのか、今の段階ではまったく予測できない点に危うさが秘められています。

また、ビットコインそのものではなく、周辺ビジネスとしての取引所などがハッキングされてその価値が流出することがあった場合も保証はなく、すべては自己責任となるので注意が必要です。そのあたりをテクノロジーでどう解消していくかが、今後のビットコインの課題です。しかし、国が発行する通貨と、ビットコインのような仮想通貨の差が小さくなってきているという世界的な流れは止められないので、注視し続けることが必要だと考えています。

新しい信用評価「クラウドファンディング」「ソーシャルレンディング」

社会的信用度を図る尺度としてSNSを利用することが、すでに始まっていることを皆さんも感じていることでしょう。あるベンチャー企業が発信するSNSを見れば、どういうことに取り組んできたのか、どういうプロジェクトにしたいかが書いてあって、どのような企業・人脈とつながっているのかも知ることができる。「これなら100ドル出資してもいいかな」と、SNSで判断する時代になってきています。これは、新しい信用評価の土壌がインターネット上にあるということを示しています。

金融庁もクラウドファンディングやソーシャルレンディングに関して、ある程度承認する方向に舵を切り始めています。今までは社会的ルールがほとんどありませんでしたが、今後は法律や社会の仕組みが整備されていく段階になっていくでしょう。実際、何がファンディングで何が詐欺か分からない事例が多くあり、消費者をサポートするためのお墨付きを与えるような動きが出てくると思います。規制が入ることは、業界にとって一見不自由になると思われがちですが、社会のインフラとして整備されるためには不可欠なことです。

クラウドファンディングは単なるアイデアの段階から、社会の中に定着していくプロセスになってきており、これからも広がっていくでしょう。一方、個人投資家とお金の借り手を結び付けるソーシャルレンディングに関しては、国の金融機関の与信システムが整備されていない国ではニーズがありますが、先進国において大きなインフラになった事例はほとんどありません。ソーシャルレンディングはこれからの可能性を秘めていますが、金融の仕組みが整備されている先進国ではそう簡単には広がらないでしょう。

AI導入やAPI公開で変化していく金融業界

融資の際の与信判断においては、AI(人工知能:人間の使う自然言語を理解したり、論理的な推論を行ったり、経験から学習したりするコンピュータプログラムなどのこと)の利用の可能性が見えてきています。現在の与信判断は、過去の経験値やトレンドなどを組み合わせた曖昧なものに依存しています。ビッグデータをAIに判断させるほうが、より精度が高くなり、スムーズになることでしょう。このようにバックエンドの審査や与信の分野で、AIが果たす役割はますます大きくなってくると考えられます。

最新のテクノロジーの導入に対して今までは慎重だった銀行ですが、投資支援や融資など、金融業界でのAIの導入は急速に発展していくと思われます。そのような流れからか最近の動きとしては、これまで限定的だったAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース:プログラムやソフトウェアをゼロからつくるのではなく、共通した機能を外部のほかのプログラムから呼び出して利用すること)の公開に踏み切る金融機関が増えてきています。APIを銀行や金融機関が公開することで、財務管理や経営・業務支援など、煩雑な業務が効率化してきています。

例えば、銀行側が自己のデータ公開を進めることで、金融アプリケーションや家計簿アプリケーションなどを開発する外部IT企業との連携が進み、さらなるイノベーションが見込めます。ITによる複数の金融機関の情報をまとめる個人向け資産管理サービスが普及するなど、消費者にとってより一層のメリットをもたらすのではないでしょうか。

実際、データの開示において、世界の先進国の中で見てもかなり遅れをとっているのが日本です。手がついてないからこそ、知恵をしぼって大きなイノベーションを起こすチャンスがあります。若い皆さんの新しい着想や気づきを金融業界は待っているとも言えるのです。


Profile

夏野 剛
Takeshi Natsuno

1988年早稲田大学政治経済学部卒業後、東京ガスに入社。1995年ペンシルベニア大学経営大学院卒。ベンチャー企業を経て、NTTドコモへ。「iモード」「おサイフケータイ」などのサービスを立ち上げ、在職中にビジネスウィーク誌にて世界のeビジネスリーダー25人の一人に選出。2009年から2013年まではHTMLの標準化団体「World Wide Web Consortium」の顧問会議委員も務める。現在は慶應義塾大学の特別招聘教授のほか、グリーなどの取締役を兼任。著書「ケータイの未来」、「脱ガラパゴスの思考法」、「『当たり前』の戦略思考」など多数。
twitter:@tnatsu
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