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プロの視点

夏野 剛慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科特別招聘教授

ニッポンのITビジネス牽引者に聞く
フィンテック(FinTech)のリアルとゆくえ

<第2回>2016.07.13
すでに始まっていた!
国内におけるフィンテック(FinTech)ヒストリー

証券業界の主力プレーヤーの変化がもたらしたものとは?

現在、日本で叫ばれているフィンテック(FinTech)ムーブメント。前回では、世界的な金融業界の近年の動向を振り返り、周回遅れのIT化を迎えていることこそが、FinTechが熱を帯びて語られる理由だと分析しました。

しかし、これまでの20年間、ITに投資する余裕がなかった金融業界ですが、余力がないながらも、IT化の波を受けてすでに変革が起きているのも事実です。

その1つとしては、証券業界が大きく変わったことが挙げられます。例えば「松井証券」という、当時の序列でいうと中堅の証券会社が、1998年に「ネットストック」のブランド名でインターネットトレードを日本で初めて導入しました。18年前にはまったくゼロだったインターネット上での証券取引ですが、今や個人投資家の株取引の約95%がインターネットトレードとなり、それまでは個人投資家の自宅まで訪問して、営業活動を行っていた個人営業という概念も高齢者を除いてはほとんどなくなってきています。

その結果、今やインターネットトレード分野で勢力を伸ばす企業の顔触れを見ると、SBI証券、楽天証券、マネックス証券などの新規参入企業がずらりと並びます。ひと昔前の大手証券会社であった野村證券、日興證券、大和証券などはインターネット取引に出遅れたために、個人の株取引においてプレゼンスが弱くなっているという状況です。

クレジットカード業界でも大きな変革を迎えている

クレジットカード業界も近年大きく変わりました。クレジットカードでの取引高は、ここ10年ほどで増加の一途をたどっています。市場規模も10年前は25兆円と言われていましたが、今や50兆円と飛躍的に跳ね上がっています。これは、インターネットの普及により、消費者の行動パターンも変わってきたことが大きな原因です。日本には「現金主義」という言葉がありましたが、さすがにインターネット上での現金利用はできませんので、着実にクレジットカードでの決済が伸びていると考えられます。

こうした状況下にあるクレジットカード業界でも、近年勢力変化が起こりました。クレジットカードの発行主体は従来、JCBや三井住友カードなどの銀行系企業が強かったのですが、現在では流通系のセブンカード、イオングループ、ネット系の楽天カードなどが急激に伸びています。通信系のNTTドコモの「dカード」も会員数が急増し、わずか10年で銀行系の牙城を崩すほどになっています。今や会員数は全国2,000万人、5本の指に入る大きなクレジットカード会社に成長してきているのです。

証券業界もクレジットカード業界も、ITの積極的な導入(FinTech)によって、共に主要なプレーヤーの入れ替わりが起こっています。さらに、新しいプレーヤーが市場に参入することで、業界自体がよりいっそう活性化してきたとも言えるでしょう。

Apple Payなどに10年先駆けていたNTTドコモ「おサイフケータイ」

このように、すでに10年前から国内の金融各社のITの積極導入は実態として行われていたのです。先に挙げた「dカード」は、私自身がNTTドコモ在籍時に事業を立ち上げたものです。そのベースとなったNTTドコモの「おサイフケータイ」は、Appleの「Apple Pay」などから約10年も前の2004年に発表されています。iPhoneが出る以前、いわゆる「ガラケー時代」からすでに日本ではモバイル決済が進んでいたのです。

このとき、まずNTTドコモ独自のクレジットブランドとして「iD」を立ち上げ、「iD」のクレジットカードとして「DCMX(現:「dカード」)」を発行しました。この「DCMX」と同時に発表したのが、「DCMX mini」(現:dカードmini)という電子マネーサービスでした。12歳以上のNTTドコモユーザーならほぼ自動的に1万円までクレジット機能が使えるというサービスで、支払いを月々の携帯電話料金に含めて請求する仕組みだったのでクレジットカードを持っていない人、特に学生層にとっては大きなメリットでした。携帯キャリアという新規プレーヤーが金融業界に起こした「FinTech」だったと言えるでしょう。

発展途上のネットバンキング。銀行・保険業界の今後

証券やクレジットカード業界が変化する一方、銀行、保険(損保・生命)はまだまだIT化されていないのが実情です。しかしながら、これからは確実にIT化が加速し、激動の変革時期を迎え、変わっていくと思われます。変化を迎えるということは、新規プレーヤーが活躍できるチャンスが多くなるということです。

最近の傾向として私が「面白いな」と感じているは、金融業界で働いた経験の持ち主が、同じ金融業界内で起業するケースが多く見られるようになってきた点です。例えば、ライフネット生命保険の代表・出口治朗さんは、日本生命保険出身。マネックス証券の代表・松本大さんはゴールドマン・サックス出身と、業界を知る起業家が次々と新しい変革を起こしているのです。金融業界は、既存プレーヤー自身が革命を起こさない場合、そこから出てきた個人がイノベーターとなれることが、お二人の活躍からもすでに証明されています。

このことからも、アグレッシブでチャレンジすることが好きな人材にとって、金融業界は今、新しいことを立ち上げる好機が多い時代だと分かります。ひいては自ら起業するチャンスも限りなく広がっていると言えるのではないでしょうか。

Profile

夏野 剛
Takeshi Natsuno

1988年早稲田大学政治経済学部卒業後、東京ガスに入社。1995年ペンシルベニア大学経営大学院卒。ベンチャー企業を経て、NTTドコモへ。「iモード」「おサイフケータイ」などのサービスを立ち上げ、在職中にビジネスウィーク誌にて世界のeビジネスリーダー25人の一人に選出。2009年から2013年まではHTMLの標準化団体「World Wide Web Consortium」の顧問会議委員も務める。現在は慶應義塾大学の特別招聘教授のほか、グリーなどの取締役を兼任。著書「ケータイの未来」、「脱ガラパゴスの思考法」、「『当たり前』の戦略思考」など多数。
twitter:@tnatsu
ブロマガ:http://ch.nicovideo.jp/natsuno