1988年早稲田大学政治経済学部卒業後、東京ガスに入社。1995年ペンシルベニア大学経営大学院卒。ベンチャー企業を経て、NTTドコモへ。「iモード」「おサイフケータイ」などのサービスを立ち上げ、在職中にビジネスウィーク誌にて世界のeビジネスリーダー25人の一人に選出。2009年から2013年まではHTMLの標準化団体「World Wide Web Consortium」の顧問会議委員も務める。現在は慶應義塾大学の特別招聘教授のほか、グリーなどの取締役を兼任。著書「ケータイの未来」、「脱ガラパゴスの思考法」、「『当たり前』の戦略思考」など多数。
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夏野 剛慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科特別招聘教授
ニッポンのITビジネス牽引者に聞く
フィンテック(FinTech)のリアルとゆくえ
<第1回>2016.06.22
日本におけるフィンテック(FinTech)の動向
ITの視点から見ると…
金融とIT(情報技術)を掛け合わせたフィンテック(FinTech)。なぜいま、このフィンテックのムーブメントが世界中の金融業界で起きているのでしょうか。
そもそもフィンテックと一言でいっても、その領域はかなり広いといえます。たとえば、フィンテックの一例として「ビットコイン」が挙げられます。これは、ブロックチェーン技術という先端データベーステクノロジーを使って、まったく新しい価値を創造したものです。このビットコインという仮想通貨には先端技術による新規性があって、銀行や中央銀行そのものが近い未来、形を変えていくのではないかという可能性すら秘めています。こういった技術革新がdisruptive technology(ディスラプティブ テクノロジー)といって、既存の概念を破壊して新しい技術を注入していくIT改革の特徴の1つと言えるでしょう。
一方でまた、これまですでにあった簡便なテクノロジーを使っただけと言えるもの、たとえば複数の金融のアカウントを1つにまとめて表示する個人財務管理などのサービスや、10年前から日本では携帯電話の毎月の通話料金にコンテンツ購入代金を課金することができるケータイ課金、あるいは「おサイフケータイ」などのサービス、アップルペイなどのモバイル決済なども、フィンテックの一例だと言われています。フィンテックは、複雑で多様な姿として現れる点が非常にユニークと言えますし、そこに正しく認知されにくい曖昧さを含んでいるのです。
金融業界がいま、フィンテックに湧く本当の理由
このように一言では説明し難いフィンテック。いったいどんな変革がいま起こっているかを理解するためには、ここ近年、金融業界がどのような歴史をたどってきたかを知ることが重要になってくると考えています。ITが世界に広がったのは、だいたい2000年以降のことで、ここ15年くらいの話になるのですが、実はインターネットの一般化の歴史と、金融危機の歴史は同時進行であったという事実があります。
インターネットが世界へ普及していった時期は、ちょうどアジアにおける通貨危機が勃発し、各金融機関が混乱を極めた時期と重なります。特に日本においては1990年代にバブル崩壊が起こり、それが1997年から火をふき始めて証券会社が倒産したり、銀行の再統合が行われてきました。特に2001年の小泉政権時には、倒産寸前だった金融機関に莫大な公的資金が注入されたのです。
世界の金融業界においては、1997年のアジア金融危機とともに2008年のリーマンショックが非常に衝撃的でした。日本ではいったん金融業界が破綻した後だったので、金融庁の厳しい管理のもとで凌いだのですが、世界的にはここで多くの金融機関が多大なダメージを受けたのです。
ということはつまり、ITが急激に普及したこの20年間、金融機関はITに投資する余裕がほとんどなかったということが言えるのではないでしょうか。ここ最近になって(2014年あたりから)大手メガバンクが最高利益をたたき出すなど、金融業界の各企業は経営に余裕が出てきています。他業界から見れば実は周回遅れという見方もできますが、いよいよ金融業界もITでの変革期へ突入したというのが実情であり、これがいまフィンテックという名のムーブメントとしてもてはやされているのです。
豊富なチャンス。求められる人材とは?
ITによる革新や激動の波が一挙に訪れている金融業界は、いま非常に面白い業界だと言えるでしょう。いままでどんな事態が起きても、従来のルールを重視する傾向が強く、新しい技術を入れることに慎重だったのが金融業界です。しかし、いまやそのルールに固執し続けると、ほかの産業に顧客が取られてしまう時代になってきています。たとえば、銀行の主要業務の1つであった事業融資においても、銀行がお金を貸さないのであれば、クラウドファンディングに流れていくようなことが実際に起きています。
こうした状況や時代の流れがあり、金融業界全体に余力が出てきたいま、フィンテックが推進されています。新しい技術が入ってきたとき必ず起こるのは、これまでのルールの見直しです。これは、業界内にどっぷりとつかっているとなかなかできにくいもの。だからこそ、ここに新入社員が活躍できる場が現れ、若者へのチャンスが巡ってきていると言えるのです。
金融業界に、いまどんな人材が求められているかといえば、エンジニアのバックグラウンドがあるかというよりも、新しいことにチャレンジできる人材かどうかだと思います。文理の出身を問わず、独自のアイデアやクリエイティビティを持ち、変革へのアプローチに積極的な人が求められるようになってくると考えられます。
フィンテックによって、業務やサービスの改革が急務となったこれからの金融業界には、ITに生まれながらに親しみ、ユーザー体験の視点を持つ若い世代へのチャンスが増えていくでしょう。新しいことにトライしたい、世の中を変えていきたいという若者には、またとないフィールドが待っていると思います。
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