- 過去10年赤字決算無し
- オンリーワン技術あり
- SDGsの取り組みに積極的
- CSR・CSV活動に積極的
江戸時代創業の金属リサイクル企業

目次
私たちの事業
金属リサイクルの総合商社
東三河にある株式会社紅久の4事業所と浜松市にある子会社の中村金属興業株式会社で、金属リサイクルとその周辺事業を展開しています。
具体的には、あらゆる発生元から回収した鉄、非鉄金属スクラップを元に独自の選別、加工技術によって高品位のリサイクル資源を創り出し、製鉄会社や、非鉄精錬メーカーへ納入しています。
また、東三河では唯一、国指定「小型家電リサイクル法の認定事業者」でもあります。廃小型家電の再資源化への高い技術力と環境負荷低減効果が評価され、「2017愛知環境賞・銀賞」「豊橋商工会議所環境経営賞・最優秀賞」を受賞しました。
小型家電リサイクルの高い技術力を活用し、、循環型社会の形成に貢献しています。
そのほか、建物解体、設備撤去、その他産業廃棄物の収集運搬、中間処理まで、金属リサイクルの周辺事業に関わる営業活動を多岐にわたり続けています。
#豊橋商工会議所会員企業
私たちの特徴
企業理念
楽しく働いて社会貢献してみませんか?
当社は江戸時代、七代にわたり「紅屋久兵衛」を襲名し、頬紅、口紅などの紅花化粧品を販売していました。そして、明治35年に「紅久」という社名のもと、金属リサイクル業へ業態を変え、今日に至っています。
当社の経営理念は以下のようなものです。
「わたしたちは、金属のリサイクルおよび、その周辺事業を推進し、埋蔵する貴重な資源の創出とあわせ、廃棄物の減量と地球環境の保全をすることで、地域社会に貢献します」
紅久の創り出す金属リサイクル原料は都市鉱山とも称される重要な資源であるとともに、CO2削減に大きく貢献する環境負荷低減商品です。さらに、小型家電リサイクル工程で発生する廃プラスチックを100%リサイクルすることで、マイクロプラスチックの流出防止に貢献しています。
私たち紅久の社員ひとりひとりが企業活動を一生懸命行えば、それに比例して廃棄物の減量と高品位のリサイクル資源の創出が得られます。
そして、SDGsや低炭素社会(CO2削減)の構築に貢献することができるのです。
「お取引先の利益」「企業の利益」「社員の利益」と、「地球環境保全」という「社会貢献」が両立する働き甲斐のある仕事です。
「汗を流せば流すほど、社員の収入も増え、それに比例して地球環境保全につながり社会貢献できる。」
この仕事のやりがいを感じながら、楽しく働いていただければ幸いです。
組織の特徴
創業250周年を迎えました
紅久は天下泰平の江戸時代、豊橋市曲尺手町において創業しました。
安永4年(1775年)には東海道の三河吉田藩(現在の豊橋)より紅花商御用商人の営業許可を取得しました。以来、七代にわたり「紅屋久兵衛」を襲名し、吉田藩御用達の頬紅、口紅、着物の染料などの紅花商品を取り扱う、紅花商を営みました。
当時の紅花の価値は、「米の百倍、金の十倍」と謳われたほどの高級品でした。
ところが、明治維新後、欧米文化の流入と共に日本国民の生活様式は変わり、紅花染料の需要はすたれていきました。
一方で、1894年の日清戦争、1901年には官営八幡製鉄が操業開始。1904年には日露戦争開戦と、日本経済は富国強兵・強殖産興業へと向かっていきました。
当時の当主8代目三浦多吉は、そのような時代の変化に対応し、明治35年(1902年)より業種変更し、金属原料リサイクル業を創業しました。その際、企業名を「紅屋久兵衛」にちなみ、「紅久」という屋号を使うようになったのです。
この時の決断は今の紅久にとって大英断であったと言えます。紅花商から、金属リサイクル業へ、紅久は第二の創業の時代を踏み出したのです。
それからの紅久は、日清戦争から第二次世界大戦終戦まで約50年間続いた戦争の時代を乗り越え、その後の高度経済成長の追い風を受け、金属リサイクル業の道を歩んでまいりました。
そして、本年2025年12月に創業250周年を迎えたました。
2025年現在、創業から250年。そのうち127年が紅花商。123年が金属リサイクル業という歴史内訳になります。
キャリアパス
あなたも社長になるチャンスです
紅久は2025年にCSRIと戦略的資本業務提携を提携し、CSRIの設立した「マテリサグループ」の一員となりました。これにより、これまでの同族経営を脱却し、新卒採用、中途採用を問わず全ての社員に、紅久のトップとなるチャンスが与えられることとなりました。
会社の成長に貢献した方が正当に実力が認められる、開かれた会社として、社員の皆さまのやりがいにお応えしたいと考えています。
特に、現在紅久は今後の経営人材を求めており、将来経営陣として活躍するチャンスが来ているのです。
我こそは、と思われる方は是非ご応募下さい。
写真からわかる私たちの会社
この会社で働くメンバー
2014年入社
中村知旭
総務部
経済・経営系専攻
福利厚生・研修・社内制度
- 転居を伴う転勤なし
- 資格取得支援制度あり
福利厚生・社内制度
健康保険、厚生年金、雇用保険、労災保険
通勤手当
弔慰金
誕生日祝い
研修制度
・新入社員研修
・管理職研修
自己啓発支援
・資格取得支援
メンター制度
・先輩社員が相談役として新入社員をサポート
職場環境
-
平均残業時間
(月間)13.5 時間 -
平均有給休暇取得日数
(年間)12.0日
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役員および管理職に占める女性の割合
役員: 0%
管理職: 0% -
育児休業取得者数/対象者
男性:取得者0名(対象者0名)
女性:取得者0名(対象者0名)
平均残業時間
総合職:25.5時間/月
一般事務職:1.6時間/月
最終更新日:
社員について
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平均年齢44.0歳
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平均勤続年数13.0年
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新卒採用者数と離職者数(過去3年間)
2026年度:採用人数1名、うち離職者数0名
2025年度:採用人数1名、うち離職者数0名
2024年度:採用人数1名、うち離職者数0名 -
新卒採用者数の男女別人数(過去3年間)
2026年度:男性1名、女性0名
2025年度:男性0名、女性1名
2024年度:男性0名、女性1名
最終更新日:
会社概要
| 創業/設立 | 1775年 創業 |
|---|---|
| 本社所在地1 | 豊橋市神野新田町チノ割12番地MAP |
| 事業所 | 東工場 :愛知県豊橋市三弥町字元屋敷90番地 白鳥工場 :愛知県豊川市白鳥町高田74番地 穂ノ原工場:愛知県豊川市穂ノ原3-27-2番地 |
| 代表者 | 代表取締役社長 三浦裕司 |
| 資本金 | 3000万円 |
| 売上高 | 159億円(2025年6月期) |
| 従業員数 | 72名(2026年5月現在) |
| 子会社・関連会社 | 関連会社:株式会社マテリサグループ 100%子会社:中村金属興業株式会社 |
| 上場区分 | 非上場 |
| 沿革 | ≪天下泰平の江戸時代≫ 三河吉田藩御用達の紅花商として創業 江戸時代 江戸時代、豊橋市曲尺手町において紅花商を営む。 安永4年(1775年) 東海道の三河吉田藩(現在の豊橋)より紅花商御用商人の営業許可を取得。以来、七代にわたり「紅屋久兵衛」を襲名し、吉田藩御用達の頬紅、口紅、着物の染料などの紅花商品を販売。当時の紅花の価値は、米の百倍、金の十倍と謳われたほどの高級品であった。 ≪明治の大英断≫ 鉄の時代の到来 明治35年(1902年) 八代目当主三浦多吉が業種変更を決断。 紅屋久兵衛にちなみ、「紅久」という屋号で豊橋市曲尺手町で金属リサイクル業を創業。前年の1901年には官営八幡製鉄が操業開始。翌々年の1904年には日露戦争開戦と、日本経済は富国強兵・強殖産興業へと向かっていった。 ≪会社の組織化と倉庫展開≫ 個人商店から法人へ 大正 8年(1919年) 「合名会社紅久商店」を設立し、会社組織化。 昭和 6年(1931年) 豊橋市駅前大通二丁目に狭間町営業所、および倉庫を開設し、金属原料の貨車輸送を開始。 昭和12年(1937年) 豊橋市南松山町渥美線柳生橋駅隣接地に本社、および倉庫を移転。 鉄道引込線を利用し貨車輸送を促進。 昭和20年(1945年) 終戦 ≪東都製鋼株式会社豊橋製鋼所(現トピー工業)の進出≫ 豊橋海軍航空隊跡地にて大規模製鋼工場操業開始 昭和33年(1958年) 「株式会社紅久商店」を設立。 東都製鋼株式会社豊橋製鋼所(現トピー工業)稼働に伴い指定直納問屋として原料納入開始。 昭和41年(1966年) 豊橋市花中町に本社事務所および工場を建設。 昭和44年(1969年) 豊川市桜木町に豊川工場を建設。 昭和53年(1978年) 静岡県境国道1号線沿いの豊橋市三弥町に東工場建設。 平成 元年(1989年) 三河港至近の豊橋市神野新田町に港工場建設。 平成11年(1999年) 国道1号線沿い豊川市白鳥町に白鳥工場建設。 平成14年(2002年) 豊川市穂ノ原工業団地内に穂ノ原工場建設。 ≪金属リサイクルの総合商社≫ 金属屑商から総合リサイクル業へと事業展開を進める 平成25年(2013年) 小型家電リサイクル法認定事業者取得。 平成25年(2013年) 本社事務所を旧港工場敷地内に建設し、移転。本社工場として統合。 平成29年(2017年) 高度なリサイクル技術力と環境負荷低減効果が評価され、「2017愛知環境賞‐銀賞」「豊橋商工会議所環境経営賞‐最優秀賞」をそれぞれ受賞 令和 元年(2019年) 浜松市の金属リサイクル会社「中村金属興業株式会社」の発行済全株式を取得し、同社を完全子会社化。 令和 2年(2020年) マスコットトガール「紅久シスターズ」出演のCBCテレビコマーシャル上映開始。 令和 3年(2021年) 商号変更し社名を「株式会社紅久」とした。 令和 3年(2021年) 豊橋鉄道路面電車「市電ベニキュー号」が豊橋市内を運行開始。 ≪令和の大決断≫ 創業250周年を機に新しい紅久へ≫ 令和 7年(2025年) ファンド運営会社である企業支援総合研究所(CSRI)と戦略的資本業務提携を締結。 CSRIの設立した「株式会社マテリサグループ」の一員となる。 従来の同族経営ファミリービジネスの枠を超えて社内外の優れた知見を結集し、さらなる近代化を進めることを決断。 |



