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地方創生で金融機関が果たすべき役割
内閣府地方創生推進室では地方創生に関する様々な政策を行っている。また、内閣官房デジタル田園都市国家構想実現会議事務局においては、金融機関等が地方創生に関与した「特徴的な取組事例」を公表しており、鳥取県が行うウニ駆除・蓄養事業と鳥取ブルーカーボンプロジェクトの取組みを紹介した「官民一体となったブルーカーボンアクションプロジェクト~ウニを採って・育てて・豊かな海を取り戻す~」は2023年度の取組事例において大臣表彰を受けている。
地方創生
提供:農林中央金庫
官民一体となったブルーカーボンアクションプロジェクト
日本の漁業は二つの課題に直面している。担い手の不足という「ヒトの課題」と、魚種や漁獲量の変化という「モノの課題」だ。どちらも喫緊の課題ではあるが、にわかに深刻化している点で看過できないのが後者だと、髙𣘺陽介は指摘する。「私は今年3月までの約4年間、岡山支店において鳥取常駐という立場で水産業融資やJFマリンバンクの推進業務を担っていました。在任中、現地では温暖化などによるムラサキウニの増殖を要因とした『藻場』の消失が急激に進行し、いわゆる『磯焼け』に至る恐れが生じていました。こうお話しすると、『磯焼けは別にしても、高級食材のウニが獲れること自体は、漁業者の収入増加につながるのでよいのではないか』と思われるかもしれません。ですが、事はそう単純ではないのです」
髙𣘺によれば、漁業者には、それぞれに専門とする魚種があり、そこにこれまで利用していなかった魚種が増えても、すぐに対応できるわけではないという。特に、藻場の消失した海に棲むムラサキウニは、身入りが少ないため、食材としての価値が乏しく、漁業者の収入源となるものではなく、未利用魚となっていたのだ。冒頭の「モノの課題」の本質も、ここにあると髙𣘺は話す。髙𣘺は、漁協との日頃の面談の中で把握していた、海洋保全などを含めた広義の漁場管理に加え、フードロスとなる未利用魚の活用が急務であるとの課題に対し、子供や地域における海洋環境の問題意識、関心の高まりがその解決の一助、ひいては地域活性化にもつながるのではないかと考えていた。そこで、関係各所との連携体制を構築し、2021年度に鳥取県、鳥取県漁協、そして髙𣘺を含む農林中央金庫が中心となり立ち上げたのが、官民一体の「鳥取ブルーカーボンプロジェクト」だ。
様々な社会課題に貢献できる仕組みに
もともと鳥取県は鳥取県漁協等と連携し、ムラサキウニの大量発生により衰退した藻場環境を再生させ、水産資源の回復や海藻によるCO2吸収(ブルーカーボン)により持続可能な開発目標(SDGs)を進めるとともに、沿岸漁業者の新事業を創出し、大規模なウニ駆除事業及び駆除したウニの蓄養による活用を検討していた。鳥取の海の課題解決に、豊かで美しい海を未来に引き継ぐため、オールジャパンで海で進行している環境の悪化などの現状を「自分ごと」としてとらえるアクションの輪を広げる活動を推進する日本財団「海と日本プロジェクト」による助成事業との連携を模索していた髙𣘺は、県が取組む「ウニ」と「ブルーカーボン」を切り口に地域内で海に関するムーブメントを起こし、海洋保全のみならず、地域活性化、そして食育といった様々な社会課題に対して貢献できる取組みにできないかと、日本財団「海と日本プロジェクト」との連携について鳥取県、そして鳥取県漁協に持ちかけた。三者は、鳥取の海の課題とその解決に向けた方法について検討を重ね、生み出されたのが、県事業にて実施される藻場の回復に向けて駆除、蓄養されたウニを、「地域での消費」や「海の問題の普及啓発」に繋げ、活用し、地域を巻き込み、地域とともに豊かな海を取り戻すという構想だ。この構想により、日本財団から無事、協力を取り付け、漁協、県行政、日本財団、そして農林中央金庫による多様な組織で進める新たなプロジェクトがスタートした。とはいえ、特に立ち上げ当初は関係各所との調整に頭を悩ませたと、髙𣘺は明かす。「関係者間で大枠の合意はできていても、それぞれの組織でプロジェクトを通じて成したいことは必ずしも完全に一致しているわけではないため、実務を詰めていくなかではすれ違いも多く、どう合意形成を図るかが一番の難所でした」
そこで髙𣘺を含む農林中央金庫は、関係者のプロジェクトに対する認識、実現したいことを整理し、関係者がゴールを明確に意識、共有することで、プロジェクトの実践に向けた議論をより円滑にすることを目的とした「プロジェクトの軸」を作成した。これにより、3年にわたる長期間のプロジェクトを円滑に進め、関係各所の様々な思いを一つのストーリーとして認識することにつながり、多様な関係者で活動するプロジェクトにおいて、今もこの「軸」が重要な道しるべとなっている。
大きな課題に対して大きな裁量で挑む
髙𣘺は次のように振り返る。「プロジェクトの実施には、漁協や鳥取県の協力が必要不可欠な中で、ともに立ち上がってくれたのは、前任者たちが代々積み上げてきた県漁協とのリレーションがなせる業だと感じました。地域の課題に中央における日本財団等のような組織やサステナブル・ブルーカーボンといった考え方を提案し、現場へと落とし込む。地方においては農林中央金庫の職員だからこそできる仕事があることを、私は本プロジェクトを通じて再認識しました」
本プロジェクトが各組織の強み、経験を活かしながら進める中で、髙𣘺自身、本プロジェクトでは関係者間及び現場と中央とをつなぐ全体調整や収支管理を担うだけでなく、県内400人もの親子連れが集まった海や漁業に親しむ「海の日イベント」等のイベントの企画や運営などにも他組織と協力して取り組んだ。さらに、ダイビングライセンスを取得の上ボランティアダイバーとしてウニ駆除にも参加する等その仕事ぶりは日本財団の担当者から「およそ銀行員らしからぬ」と言われたと笑う。だが、髙𣘺にとってそれは、最高の褒め言葉でもあった。
2024年3月末現在、本プロジェクトを通じ、地域での藻場への関心は高まりを見せている。一般の認知が皆無に近かった「ブルーカーボン」についても広く知られるところとなった。プロジェクトで活動を支援した高校生は、ウニ蓄養でおいしくなる餌の検討や漁業者が行うウニ駆除の効果を実証するなど、現場での取り組みを大きく後押ししている。また、イベントを通じた海の問題や循環型経済(SDGs)にかかる啓発により子供たちのなかでの自分ごと化も進んでいる。これも漁協、県行政、そして日本財団の連携の賜物と髙𣘺は強く感じている。
「その上でお伝えしたいのは、農林中央金庫では今も各職員がそれぞれの持ち場で、地域活性化に向けて本プロジェクト以上の構想を描いて挑戦しているという事実です。私自身は4月から本店に異動し、DXなどを通じた業務効率化に取り組んでいますが、その先に見据えているのは各職員の業務負荷を下げ、そこで余剰となった時間を地方や第一次産業に振り向けることで、各持ち場で奮闘努力する担当者の取り組みを強力に後押しすることです」
学生時代、髙𣘺は学際型のゼミで、とある漁港の地域活性化に取り組んだ。そして抱いたのは、「漁業や地方はまだまだ伸びしろがある」という想い。地方衰退という日本の大きな課題に対し、大きな裁量をもって仕事ができる農林中央金庫でなら、この想いを形にできるのではないか——。当時の入庫動機は今、確信へと変わり、どこの部署であろうと働く大きなモチベーションになっていると、髙𣘺は朗らかに話すのだ。
記者の目 WEB限定
農林中央金庫では「価値創造の取り組み」として、世の中の社会課題や顧客等の経営課題の解決に向けて、様々な取り組みに挑戦している。なかでもJA・JF・森林組合・地場企業・行政といった多様な地域関係者と連携しながら、生産者の所得向上、農林水産業全体の課題解決・活性化に貢献し、地方創生に寄与することは、とりわけ重要な取り組みとして組織内で位置付けられている。それゆえ各職員にも大きな裁量が与えられ、日本各地で多彩な試みが行われている。
今回紹介した「官民一体となったブルーカーボンアクションプロジェクト」も、こうした企業努力の賜物と言えるだろう。特筆すべきは担当者が地域関係者との連携に終始するのではなく、日本財団を巻き込むことで地方と中央とを意識的につなごうとした点にある。地方創生に関しては、霞が関や大手町に象徴される中央の構想と、地域関係者が抱える地方の実状との間に少なからずギャップがあること。あるいはギャップがない場合も現場にうまくアジャストできず、その多くが結果を出せずに終わってしまっていることを、農林中央金庫の職員たちは豊富な支店勤務を通じて体感している。だからこそ、自分たちが両者をつなぐ架け橋となり、しっかりと介在価値を示すことができれば、日本の地域活性化は一気に加速すると考え、今日も職員たちがそれぞれの持ち場で奮闘している。
その成果は少しずつ形となっており、日本各地で大企業を巻き込んだ野心的な取り組みが生まれている。地方や地域ごとに異なる風土や文化は、その土地の農林水産業と深く関係しているが、農林水産業の協同組合に根ざす農林中央金庫はそれを熟知している。中央の構想や財力を、地域の特性に応じていかにカスタマイズし、地域活性化へとつなげていくか。地方創生に向けた農林中央金庫の取り組みから、ますます目が離せなくなっている。
農林中央金庫
事業内容 | 農林水産業融資、企業融資、マーケット業務のほか、JAバンク、 JFマリンバンクをサポートするコンサルティング業務、 リスク管理、システム企画など |
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資本金 | 4兆401億円(2023年9月30日現在) |
総資産額 | 101兆9,539億円 (2023年9月30日現在、連結) |
従業員数 | 3,415名(2023年9月30日現在) |