金融業界は「印鑑レス」社会を先取りする?
テレワークが推奨されるも、なかなか思うように浸透しない理由はいろいろと挙げられています。「ハンコ文化」もその一つです。とにかく日本はハンコを必要とする場面が多い。だから「ハンコを押すためだけに出社する」という現実があるわけです。
日本独特のハンコ文化
「ハンコ文化」は日本独特のものとされています。
婚姻届やマイホーム購入など、人生の大きなイベントで必ず使われるのはもちろんのこと、宅配便の受け取りなど日常生活でも当たり前のように使われています。
実印、銀行印、訂正印、浸透印など、いくつものハンコを持ち目的によって使い分けるのもごく自然なことです。なお、浸透印はシヤチハタが有名ですが、シヤチハタは会社名であり一般名詞ではありません。
ご存じのように世界的にはサインが使われており、偽造や盗難のリスクを考えても、ハンコは決して合理的な本人確認の手段とは言えません。それでも依然として日常的に使われているのは、やはりハンコが日本固有の伝統文化という側面があるからでしょう。
また、「ハンコが押してあれば安心」「サインよりもハンコを押す方が簡単」という思い込みも、ハンコ文化を支えています。ただ、ハンコ店が後継者不足で減少するなど、ハンコ文化が徐々に減退しつつあるのも事実。いわゆる「三文判」に代表されるセキュリティの甘さへの批判も強くなっています。グローバル化が進むビジネスの第一線になじまないのは確かかもしれません。
今や通帳の印鑑レスは当たり前に
金融とハンコということで真っ先に思い浮かぶのは、銀行での口座開設です。
銀行で口座を開設すると印鑑の原本が管理され、取引の際に「本人に間違いがないか」と窓口で照合が行われます。この仕組みは日本で銀行が設立された当時から存在していたもので、「ハンコ=安心」という思い込みを植え付けるのに大きく寄与したと考えられます。
しかしその銀行で、現在は「印鑑レス」が進んでいます。
例えば三菱UFJ銀行では、口座開設時に印鑑が不要で、開設後も印鑑なしで取引ができる「印鑑レス口座」を用意。三井住友銀行ではサインのみで本人確認が可能な「サイン認証」サービスを導入しており、りそなグループでは指静脈認証を行っています。
このほかにも城南信用金庫や横浜銀行、北洋銀行、秋田銀行など、数多くの金融機関で印鑑なしで口座を開設できるなど、銀行での印鑑レスは確実に広がっています。もちろんインターネット専業銀行ではいち早く印鑑登録が不要となっています。
ハンコ文化の最大のデメリットは“非効率”にあります。一枚の書類にいくつものハンコを押さないと意志決定が進まなかったり、ちょっとハンコがはみ出したり薄かったりしたら押し直しを求められたり、そのために冒頭で紹介したような「ハンコを押すためだけに出社する」という不合理な状況が起きるわけです。
セキュリティ上の脆弱性も大きな欠点です。ハンコは100円ショップでも買えますし、それを銀行印として登録することも可能です。「100円で買える本人認証に何の意味があるのか」という指摘はごくまっとうなものでしょう。
これらをふまえれば「印鑑レス」が浸透していくのは当たり前のことと言えます。
ハンコは決してなくならない?
銀行での「印鑑レス」の追い風となっているのがフィンテックです。
フィンテックを一言で言えば、デジタル技術を活用して金融サービスの不便や不都合を解消しようというもので、ハンコ文化などはその最たるものということになるでしょう。
口座開設が「印鑑レス」になったとご紹介しましたが、実はそれどころか今や「通帳レス」でさえ当たり前になっています。フィンテックがさらに進めば、通帳どころか「支店レス」「ATMレス」もありえるとする意見すらあるのですから、さすがに日本に深く根づいたハンコ文化も風前の灯火かもしれません。
もちろん銀行のサービスは誰もが等しく利用できるユニバーサルなものであるべきですから、デジタル技術に疎い高齢者などに配慮して、ハンコ“も”使える、通帳“も”使えるようにすることは必要でしょう。さらには、「日本のハンコ文化はクール」とする欧米の評価や、「自分のハンコを持つのは大人の証し」といった日本人のメンタリティもあって、いきなりハンコ文化が消滅することはないかもしれません。
それでも金融ビジネスにおける「印鑑レス」が今後さらに進んでいくのは間違いないでしょう。
まとめ
政府が2018年に発表した「デジタル・ガバメント実行計画」では、すべての行政サービスの電子化を目指す施策が掲げられています。これが実現すれば、真の印鑑レス社会が実現するかもしれません。金融業界には、それを先取りするようなイノベーションを期待したいところです。