ファイナンシャル・インクルージョンを考える

明白な証拠はまだないものの、人から人へ紙幣や硬貨を手渡すことのないキャッシュレス決済が感染症の広がりを抑えるのではないか、と考える人は少なくないようです。そのため、この春を契機にキャッシュレス決済がさらに普及するのでは、という見方もあるようです。その一方で、アメリカではキャッシュレス禁止の動きもあります。時代に逆行するように思えますが、背景には何があるのでしょうか。
キャッシュレス禁止法とは
今年1月、ニューヨーク市議会は小売店やレストランで現金による支払いを拒否することを禁じる法案を可決しました。これは「キャッシュレス禁止法」とも呼ばれており、違反した店舗には罰金が課せられます。
実は「キャッシュレス禁止法」が導入されたのは、アメリカ国内でニューヨーク市が3番目。既にサンフランシスコ市とフィラデルフィア市は2019年に同様の法律を制定しています。さらにニュージャージー州では州全体で「キャッシュレス禁止法」を導入しています。
一見すると時代の流れに逆行するような法律ですが、なぜアメリカで「キャッシュレス禁止法」の導入が相次いでいるのでしょうか。そこには“アンダー・バンクト(underbanked)”と呼ばれる人々の存在があります。
アンダー・バンクトとは、銀行口座やクレジットカードを持たない人々のことです。全米では数%の人が銀行口座を持っていないとされており、こうした人々はクレジットカードによる銀行決済ができないので、買い物をしたら現金で支払うしかありません。
「キャッシュレス禁止法」とは、このアンダー・バンクトを守るための法律なのです。
誰もが利用できる金融サービス
日本では、「日本銀行が発行する銀行券(日本銀行券)は法貨として無制限に通用する」と法律で定められています。法貨とは法律で強制力を与えられたお金のことです。
最近では「キャッシュレス以外禁止」つまり「現金お断り」のお店がちらほらと登場していますが、「法貨はお断り」という姿勢は法的には微妙なようです。
アメリカの「キャッシュレス禁止法」は、銀行口座やクレジットカードを持たない人々が不利益を被らないようにするためですが、その基本となっているのが、すべての人が等しく金融サービスを利用できるように促す「ファイナンシャル・インクルージョン(金融包括)」という考え方です。
もちろん、それはニューヨークのような大都市の人々だけを想定した考えではありません。途上国地域で暮らす貧困層の人々の中には、金融サービスの恩恵が受けられず、貧困サイクルから抜け出せない人が多数います。
また、テロや紛争などで難民となった人が移民先で金融サービスにアクセスできないという問題もあります。本人確認書類を持たないので、銀行口座が開設できないからです。
こうした人々が取り残されることなく、誰でも金融サービスにアクセスできるようにしようという考え方が「ファイナンシャル・インクルージョン」なのです。
キャッシュライトな社会がちょうどいい?
「ファイナンシャル・インクルージョン」を促進する上で有効なのが、スマートフォンなどの携帯端末を使い、個人対個人が銀行を介さずに直接送金できるモバイルバンキングです。これならば銀行口座を持たなくても給与を受け取ることができますし、支払いもできます。
「ファイナンシャル・インクルージョン」を促進する上で、キャッシュ払いを排除することは確かに間違っているでしょう。
一方で、業務の効率化や犯罪防止の観点から言えば、お店側にとって現金はなるべく避けたいところ。「キャッシュレス禁止法」は、お店にそうした負担を強いるものと言えなくもありません。
そこで現金ならではのメリットを大切にしつつ、キャッシュレスのメリットも積極的に取り込んでいって融合させようとするキャッシュライト、つまり“キャッシュが少なめ”な社会がちょうどいいのでは、という意見もあります。 いろんな意味で現状が過渡期にあるのは間違いのないところです。

まとめ
無人コンビニ「Amazon Go」では、レジすら通らずに買い物ができます。棚から持ち去った商品が自動計算され、クレジットカードに請求される仕組みです。まさに最先端のフィンテック技術が応用されているわけですが、こうした未来型のお店が増えていくことが「ファイナンシャル・インクルージョン」に逆行することになってはいけません。インクルージョン=誰でも参画できる環境を実現することは今後も重要な課題です。