広がる敵対的買収と、その仕掛け人

“敵対的TOB”という言葉を最近よく耳にするようになりました。言葉の響きとしてはあまり穏やかではない感じがします。
TOBとは株式の公開買い付けのことで、敵対的買収を行う際に活用される手法です。日本ではあまり馴染まなかったやり方ですが、最近注目されるようになった背景には何が起きているのでしょうか。
“乗っ取り屋”というマイナスイメージ
2019年の年末に話題になったのが、HOYAによる「ニューフレアテクノロジーにTOBを実施する」という発表でした。事前の打診や相談がまったくなく、突然の発表だったため、まさに“不意打ち”や“急襲”というマイナスのイメージがありました。こうしたやり方は日本の風土に馴染みにくく、“乗っ取り屋”という言われ方をされることさえあります。
この敵対的TOBでは、ニューフレアテクノロジーの親会社である東芝が「子会社を売る気はまったくない」と反発。防衛のためにニューフレアテクノロジーの株を取得して完全子会社にしたため、HOYAの目論見は絵に描いた餅に終わりました。
結果的にHOYOには“乗っ取り屋”的なイメージだけが残り、そもそも東芝が同意しなければ成立しないことがわかっていたうえで仕掛けた無謀さに「単なる嫌がらせだったのでは」とまで言われました。
そもそも敵対的TOBは、狙った企業の株を2~5割増し程度で買収することになるため、かなりの資金力が必要となります。そこで資金面を含め総合的なコンサルティングを行うのが証券会社です。ただ、“乗っ取り”を陰で仕掛けたというイメージがぬぐい去れないため、失敗に終わるとあまりメリットがないのは確かでしょう。
敵対的買収が重要な経営手段に
敵対的買収が話題となったのは、HOYAのケースだけではありません。文具最大手のコクヨによる筆記具大手ぺんてるに対する敵対的買収、準大手ゼネコン前田建設による前田道路に対する買収提案も実質的な敵対買収です。これらは2019年から2020年にかけて話題を集めたケースです。
そもそも敵対的買収が大きな話題となったのは、2006年王子製紙が北越製紙に仕掛けたケースでした。これは製紙業界首位の座を確かなものにしようと考えた王子製紙が、中堅どころの北越製紙を経営統合しようと目論んだもの。王子製紙のこの目論見は結局失敗に終わり、王子製紙には「乗っ取りを仕掛けたが、敗れた」というあまり嬉しくないイメージだけが残ってしまいました。
当時の日本ではこのように事前承諾を得ない敵対的買収はほとんどなく、日本人の判官贔屓の気質もあって、買収側による弱いものいじめ的な印象が避けられませんでした。
それがここへきて敵対的買収が増えたのは、市場が企業に対してより厳しい目を向けるようになったからです。
日本企業の不適切会計などが問題となったことで企業の行動規範が重要視されるようになりましたが、それに伴って導入されたのがコーポレートガバナンス・コード。これによって企業には、企業価値を最大化するよう、それまで以上に強く求められるようになりました。
一方でスチュワードシップ・コードも導入され、金融機関や機関投資家などが企業経営を厳しくチェックするようになりました。その結果、いわゆる「モノ言う株主」の存在感が増し、企業価値の向上に努めない経営者は厳しく非難されるようになったのです。そこで企業価値の向上に有力な手段としてM&Aが注目され、相手の承諾を得ない強引なM&Aといえる敵対的買収への抵抗感が薄れてきました。
簡単に言えば、従来は事業提携などで済んでいたのに、機関投資家等から「それでは手ぬるい」という圧力が強まり、そこで敵対的買収に踏み切るケースが増えてきたということです。
証券会社の存在感が高まる
敵対的買収では、相手の株を市場から買い取る敵対的TOB、つまり公開買い付けが行われます。この際にTOBの代理人となるのが証券会社です。
それだけでなく、売り手企業と買い手企業の仲介を行ってM&Aの助言を行ったり、売り手企業または買い手企業のどちらかの立場に立ってアドバイスを行ったりもします。
つまり敵対的TOBを含め、企業のM&Aの際は、証券会社がキープレイヤーとして重要な役割を果たすわけです。
前述のようにこれまでの日本では、敵対的TOBにはあまりいいイメージがなく、証券会社に対しても裏で糸を操る仕掛け人という見方がされました。そのため従来、敵対的案件は証券会社にとってタブーのような存在でした。
しかし以前とは環境が変わり、敵対的買収が企業価値向上につながることが広く理解されるようになったことから、証券会社にとっても敵対的案件はタブーではなくなり、むしろ大きなビジネスチャンスと受け止められるようになったのです。今後、仕掛け人としての証券会社の出番は増えていきそうです。

まとめ
何となくいいイメージのない敵対的買収。従来は“乗っ取り屋”のような見方をされることもありました。しかし、企業価値の最大化に対して市場からの圧力が強まる中、敵対的買収も重要な経営戦略の一つと受け入れられるようになり、その手段である敵対的TOBのケースも増えてきました。その仕掛け人として活躍するのが証券会社であり、今後存在感が増していきそうです。